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◇◆◇

 まずい、まずいまずい。

 ベルトルト・ケティングは焦っていた。
 アイーシャがクォンツと、リドルと出て行ってしまったと言うのにアイーシャの家族達はその事の重大性に全く考えが至っていない。

「ベルトルト様、お姉様が出て行ってくれたお陰で、これでいつでもこの邸で二人きりで会えますわ!」
「──そっ、それどころでは無いだろうエリシャ……っ」

 それどころでは無い、と言うのにアイーシャの妹であるエリシャは「ラッキー」とでも言うように浮かれ、はしゃぎ、ベルトルトに抱き着いて来る。

「何をそんなに慌てているんだね、ベルトルト卿。君だってあれよりもエリシャと共に居る事の方が多かったじゃないか」
「そうよ、ベルトルト卿。それに元々私達は娘のエリシャをベルトルト卿の婚約者に、と望んでいたのよ。あの子が出て行って、丁度良かったわ……!」
「──な、何を……! 僕はアイーシャと婚約を……っ、」

 そうだ、アイーシャと婚約をしているのに。とベルトルトは考える。
 あれだけ家からもアイーシャと仲を深めるように、うまくやるように、と言われていたのに。

 ベルトルトは自分を囲むエリシャと、その両親に視線をやり、ぞっとしてしまう。

 自分達の実の子では無いとは言え、アイーシャはケビンとエリザベートの"子供"だ。
 幼い頃に両親を亡くしたアイーシャを哀れみ、家族として迎え入れたと言うのに、その家族に対して暴力を振るったのだ。

 ベルトルトはじり、と自分の足を一歩後退させたがしっかりとエリシャに腕を取られてしまっているために逃げ出す事が出来ない。

(アイーシャを、アイーシャを探しに行かないといけないのに、)

 何故今まで自分はアイーシャに対してあんなにも無関心でいたのだろうか、と考える。
 それ所か、エリシャの言葉を鵜呑みにしてアイーシャを責め立てる事だってした。

(だって、それは……っ、エリシャが嘘をつくような子では無いから……、か弱いエリシャがアイーシャに虐げられていたから……だから僕は姉として、妹を守ってやらなきゃいけないよ、と……!)

 ベルトルトはぐるぐると頭の中で様々な事を考え続ける。
 先程のアイーシャは、何処かすっきりとした表情をしていたように見える。
 あんなに晴れやかな表情で、そしてクォンツに抱き上げられてあんなに恥ずかしそうに頬を染めて、そして笑顔を向けていた。

(最近、僕にはあんなに可愛い笑顔を向けてくれて無かったのに……!)

 ベルトルトが身勝手な事を考えていると、そこではっとする。
 そう言えば、部屋を出る前にリドルが恐ろしい事を口にしていたような気がする。

「──っ、! ル、ルドラン子爵……! そんな事よりも……っ、先程リドル・アーキワンデ卿が近日中に王城に登城する準備を、と……!」
「ああ、先程の……。国に届け出をしなければいけない魔法だった、かな……? ──ふん、アーキワンデ卿は我等に何かしら口を出したいだけだろう。……公爵家の嫡男だからと言って偉そうにしおって……」
「王城に行く、と言う事はもしかして王族の方々とお会いする機会もあるのかしら……!? お母様、楽しみですね!」
「あら、ふふ……エリシャはまだ陛下や殿下とお会いした事は無いわよね。うんと着飾って参りましょうね」

 事の重大性を理解せず、はしゃぐエリシャにそれを諌めない母親。
 見当違いに腹を立てている父親に、ベルトルトは今すぐ自分の邸に帰りたい衝動に駆られたが、それは叶わずエリシャに無理矢理連れられ、ルドラン子爵邸へと逆戻りして行った。


◇◆◇


 場所は変わって、クォンツのユルドラーク侯爵邸。
 侯爵邸の正門に到着し、馬車からさっさと下ろされてしまったクォンツとアイーシャは邸に向かって歩いていた。

「……本当に抱き上げなくて大丈夫なのか?」

 クォンツは、自分の隣をゆっくりと歩くアイーシャを心配そうにちらちらと視線を向けながら話し掛ける。

「勿論です、クォンツ様。怪我をしている期間、いつもクォンツ様に助けて頂いていては、自分で歩けなくなってしまいそうです」

 冗談交じりにそう告げるアイーシャに、クォンツも口端を持ち上げると「そりゃそうか」と言葉を返す。

「じゃあ、アイーシャ嬢がすっ転ばないように気を付けて見ててやるから自力で玄関まで行こうぜ。だが、辛くなったら言えよ?」
「ありがとうございます、ですが私の歩く速度は遅いので……お付き合い頂くのは申し訳無いですわ……先に玄関に向かって頂いても大丈夫ですよ?」
「怪我をしてる令嬢をほっぽって先に入るなんて出来る訳ねえだろ」

 アイーシャとクォンツが軽口を叩き合いながら邸の玄関に到着すると、侯爵家の使用人達に出迎えられる。
 アイーシャが使用人達に挨拶をしていると、玄関ホールに繋がる大きな階段からパタパタと軽い足音が聞こえて来て。
 次いで、女の子の甲高い可愛らしい声が聞こえて来た。



「お帰りなさい……! お兄様!」
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