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「信用……魔法……」

 アイーシャは、あまり耳馴染みの無いその魔法の文字に目を向けて首を捻る。
 アイーシャの疑問にクォンツは分かりやすく説明する。

「ああ。信用魔法は、国からは犯罪指定はされてない。……人の精神に多大な影響を及ぼす物では無いからな。商人や、外交を仕事にする者が主に仕事をする際に用いて発動する魔法なんだ」
「そうそう……。自分の発する言葉に、魔力を纏わせて相手に信用して貰う為に使うんだ。魅了や洗脳魔法のように他人の精神に干渉して操る程の力は無い」
「けれど」

 リドルの後に、クォンツは声を低くして言葉を続ける。

「──信用魔法は精神に干渉する力は無いが、悪用する人間が居たら不味い、と言う事で信用魔法を取得した人間は国に届け出をしなくちゃならねえんだが……」
「まあ、きっと彼女は届け出なんてしていないだろうね。……そもそも、自分自身信用魔法を取得して、発動している、と自覚していないんじゃないかな?」

 クォンツとリドルの言葉に、アイーシャは言われた言葉を整理するように声に出して自分の考えを纏める。

「え、えっと……少々お待ち、を……。クォンツ様も、アーキワンデ卿、も……エリシャが信用魔法と言う物を発動している、とお考えなのですか? でも、精神干渉の力は弱く、人の精神にまで影響を及ぼす事が無い……」
「ああ。そうだな……信用魔法は今後学園の授業で話を聞く筈だ。後はまあ、魔導書等にも記載されているから学園に通っていない者達も一応その存在を知っている者はいるだろう」
「そうだね。魔導書を閲覧出来る資格を持つ貴族などなら学園に通う前の子息や令嬢も知っている者はいるかもしれないね。ただ、勉強熱心な子でないと魔導書なんてまず見ないと思うけど」
「エリシャが……、信用魔法を発動していた、と……」

 アイーシャの言葉に、クォンツとリドルは「まだ分からないが」と前置きをした上で言葉を続ける。

「──だが、残りの……常勤医が記載した魔法の種類を見るに、一番可能性があるのは……信用魔法だな。……他は洗脳や、複合魔法が記載されている……流石に複合魔法なんて高度で緻密な構築式が必要な複雑な魔法をあの妹が発動出来るとは思えない」
「けれど、もし妹君が信用魔法を発動していたとしたら……国に届け出はしていない事は処罰の対象だからね。そんなに重い罰則では無いけれど、信用魔法を乱用する事はしなくなるだろう」

 アイーシャは、信用魔法と言う魔法がある事する知らなかったし、初めてその魔法の効果を聞いた。
 自分を、他者に信用して貰う魔法。

「──だから……、みんなエリシャの言う事を信じるようになったのでしょうか……。私がした事の無い事をエリシャが事実のように語り、皆がそれを信じた……。私より、エリシャを信用しているから……?」

 では、今まで出会って来た友人達と築いて来た友情は何だったのだろうか。
 婚約者と歩み寄ろうとして、時間を掛けて仲を進展させて来た時間は何だったのだろうか。

 信用魔法、と言う魔法一つだけで今まで築いて来ていた仲がまるで嘘のように消失してきたのだ。

「……友人と、婚約者と……信頼関係を築けていたと思っていたのは……私の一方的な勘違いだったのでしょうか……」
「アイーシャ嬢」

 アイーシャは、自分が情けなくて笑えて来てしまう。
 いくらエリシャが信用魔法と言うものを発動しようと、精神干渉程の魔法では無いのだ。
 アイーシャの言葉よりも、エリシャの言葉の方を信じる力が少しばかり強いと言うだけ。現に、クォンツやリドルはエリシャの信用魔法に掛かっている様子は無いのだから。

「……アイーシャ嬢、信用魔法、とは言っても……何故俺とリドルにその魔法の効果が効いていないのかはわからねえんだ……常勤医が魔力が満ちた、と言うその時、俺もリドルもあの医務室に居た筈なのに、あの妹の言葉には何も感じなかった……。だから、もしかしたら厳密にはあの妹が使っている魔法は、信用魔法では無いのかもしれねえ。……その確認もしっかりとしちまおう」
「──はい、そう、します……」

 クォンツが気遣うように、慰めるようにアイーシャの頭をぎこちない手つきでそっと撫でて来る。
 アイーシャは、クォンツのその不器用な優しさに有り難さを感じつつ、結局は今まで自分と関わりのあった人達はエリシャの言葉を信じたのだ、と落胆した。



 話している内に、ルドラン子爵邸に到着したのだろう。
 馬車が停車し、御者から声を掛けられる。

 アイーシャが馬車の窓から見える邸の玄関にふ、と視線を向けるとそこには出迎えの為だろうか。
 数人の使用人と共に、エリシャの母親であり、アイーシャの義母であるエリザベートがにこにこと嬉しそうに笑顔を浮かべて待っている。

「──あの女性が、子爵夫人か?」

 クォンツの言葉にアイーシャはこくりと頷いた。

「はい、お義母様です」
「了解。それじゃあちょっくら子爵家に事実確認と行きますか」

 クォンツはそう呟くと、扉を開けて片足だけ扉の先、ステップに足を下ろすと座席に座っているアイーシャを再び抱えた。

「──っ、!? ク、クォンツ様……!?」
「まだ怪我をした足が痛いだろ? このまま邸に入るぞ」

 ひょいっ、と自分を抱き上げるクォンツにアイーシャが慌てて声を上げるとクォンツはリドルが降りるのを待つ事無くスタスタと邸の玄関の方向へと進んで行ってしまう。

 何故、クォンツとリドルの馬車に乗っていたのが自分の娘エリシャでは無く、アイーシャなのかと考えているのだろう。
 しかも、大事そうに抱き抱えられているのが何故アイーシャなのだ、とも考えている筈だ。
 エリザベートのこめかみにぴしり、と青筋が浮かんで居るのが遠目にも見て取れて、アイーシャはクォンツとリドルが帰宅した後の事を考えて憂鬱になってしまった。
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