【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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 医務室に来て、クォンツと雑談をし始めてからどれくらい経っただろうか。
 アイーシャは久しぶりに「学友」と呼べるような人物と沢山会話をしている事に浮かれてしまい、色々な事を話してしまっていると言う事に遅ればせながら気付いた。

「──ぁっ、」
「……アイーシャ嬢はあまり人と話す事に慣れていないか? 素直で真っ直ぐな事はアイーシャ嬢の良い所だが……少し心配になる程だな」

 眉を下げ、まるで「しょうがないな」とでも言うように優しく笑うクォンツにアイーシャは自分の口元を手で覆ってしまう。

「……っ、クォンツ様のお話が面白いからです……何だか、沢山話してしまいました……」
「まあ、俺はアイーシャ嬢の事を色々知れて良かったけどな」

 クォンツはそう言葉を告げるとアイーシャの座るベッドから自分自身も腰を上げると、背筋を伸ばすようにぐっ、と伸びをする。

「──まあ、これで現状は理解した」
「……? 何ですか、クォンツ様」

 ぽつり、と低く小さく呟いた言葉はアイーシャの耳には入らず、アイーシャは首を傾げてクォンツに問い掛けるが笑顔で躱されてしまう。

「いや、何でも無いさ。……さて、もうそろそろ教室に戻らねえとヤバいか?」
「──あっ! そうですね、そろそろ……! 先生、手当ありがとうございました」

 アイーシャにお礼を言われた常勤医は笑顔でどう致しまして、と言葉を紡ぐとアイーシャに軽く手を振る。

 立ち上がろうとしたアイーシャを制し、この医務室にやって来た時と同じように再びひょい、とアイーシャを抱き上げるクォンツに、慌てるアイーシャを常勤医は何処か微笑ましく見送ると、二人は口論しながら医務室から出て行った。



 医務室から出て来たアイーシャとクォンツは、まだ授業が終わっていない時間帯だからか、人気の無い廊下をヒソヒソと声のトーンを落としながら通る。

「ク、クォンツ様……! 下ろして下さい、私一人で歩けます……」
「まだ足首が腫れてんのに何言ってんだ? 学園内をこの状態で練り歩かれたく無かったら大人しく教室まで運ばれてろって……」
「で、ですが昨日からご迷惑をお掛けしてばかりで……っ」
「迷惑なんて何一つ掛けられてねえって」

 ひそひそ、と声を落として話している内にアイーシャの教室に辿り着いた時。
 タイミング良く授業の終わる鐘が鳴り、教室内から学園生達が出て来る。
 学園生達は、アイーシャを抱えるクォンツと抱えられているアイーシャに目を丸くしていたが、足首の治療痕を見てそれぞれ納得したのだろう。

 視線は集まるが、アイーシャとクォンツに話し掛けて来るような生徒は居らず、アイーシャはほっとした。
 アイーシャを抱えて教室内へと入ったクォンツは、「席は?」とアイーシャに確認するとアイーシャに告げられた席へとアイーシャを運び、座らせる。

「ありがとうございます、クォンツ様」
「いや、大丈夫だ──……」

 きょろ、と周囲を見回すクォンツに不思議に思ったアイーシャはどうしたのか、と問うとクォンツは疑問を口にした。

「──いや。……アイーシャ嬢の妹は同じ教室じゃねえのな……」
「ええ。……エリシャは隣の教室です」

 エリシャの話題を出されて、アイーシャはどきりと心臓が跳ねたが、聞いた本人であるクォンツは対して興味無さそうに「ふうん」とだけ答えると、アイーシャに振り向いた。

「──じゃあ、アイーシャ嬢。放課後の俺とリドルとの話し合いはアイーシャ嬢のルドラン子爵家でやろうぜ。放課後になったら迎えに来るから、待っててくれ。……自分で動く時は、必ずゆっくり、足首に負担を掛けないように歩くようにな」
「……えっ、あっ、お待ち下さ──っ、クォンツ様っ」

 クォンツは自分の言いたい事だけを告げると、アイーシャの呼び掛けにひらひらと後ろ手に手を振り、スタスタと教室を出て行ってしまった。



 クォンツは、背後から聞こえるアイーシャの「もう!」と小さく上げる声に楽しそうに口端を上げると教室を出て、隣の教室に視線を向ける。
 その教室では、先程アイーシャが話していた通り妹のエリシャが授業を受けていたのだろう。
 がらり、と扉を開けて廊下に出て来るエリシャの姿を見付けて、クォンツは楽しげに笑んでいた表情をすっ、と無表情に変えた。

 エリシャは、クォンツに気付く事無く楽しそうに背中を向けて廊下の先に向かって駆けて行く。
 そうして、上位学年の教室がある階に行く事が出来る階段へと姿を消した。



 クォンツはエリシャが向かった方向と逆方向にゆっくりと歩き始めると、人気の少ない場所まで向かい窓枠に背中を預ける。

「──調べて欲しい事がある……。どうもきな臭い……十年前に起きた国内の馬車事故の事を調べてくれ」

 ぽつり、と呟いたクォンツの言葉に、誰も居ない筈のその場所に「御意」と声が響いて消えた。
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