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「ク、クォンツ様……!?」
「おう」

 アイーシャが驚いた表情を浮かべてクォンツに向かって声を上げると、クォンツは太陽に照らされてにこやかな笑顔を浮かべながらアイーシャに向かって手を上げた。

 アイーシャの背後では、嬉しそうに「クォンツ様!?」と声を上げるエリシャが居るが、昨日クォンツとリドルに冷たい視線を送られてしまったベルトルトは、息を殺すように静かにアイーシャとクォンツの様子を窺っている。

「昨日の件で、話したい事があったんだが──……」

 クォンツが笑みを浮かべたままアイーシャの姿を見て、そして浮かんでいた笑みがふっ、と消え去り無表情になる。
 突然のクォンツの変化に、アイーシャがびくりと体を震えさせると、クォンツの視線はアイーシャの足首に固定させられていて。
 美形が突然無表情になるとこんなにも怖いものなのか、とアイーシャが何処か場違いな事を考えているとクォンツが唇を開いた。

「──アイーシャ嬢、その足の怪我は? 何で怪我してんだよ……。そっちの足は昨日の怪我とは違うだろ……しかも腫れてやがる……」
「……あっ、そのっ、これは……っ」

 クォンツの恐ろしい程の冷たい声に、アイーシャが何と説明しよう、と口ごもっているとアイーシャの背後から何を思ったのか、エリシャがアイーシャをぐいっ、と押し退けクォンツに話し掛ける。

「クォンツ様っ! この怪我はお姉様が悪い事をして、お母様に怒って頂いた際に負ったみたいですわ! ふふっ、あの時のお姉様……っ、転んじゃいましたもんねっ」

 悪い事をしたのだから仕方ない、と言うようなエリシャの言葉にクォンツはエリシャに押し退けられて馬車の扉に体勢を崩して凭れかかったアイーシャに手を伸ばす。
 怪我をした足で踏ん張る事が出来なかったアイーシャは、自分の体に伸びてきたクォンツの腕に驚き目を見開くと、クォンツに視線を向けた。

「アイーシャ嬢、抱き上げるぞ。暴れるなよ」
「──え、あ……きゃあっ」

 馬車のステップに足を掛けたクォンツは、エリシャの言葉には何も言葉を返さず、アイーシャを自分の腕で抱き上げると馬車からさっさと降りてしまう。

「──っ、たく……アイーシャ嬢の妹は豆腐の次は鳥頭か……? 十歳児だって昨日言われた言葉は覚えてるぞ?」
「エ、エリシャがまた申し訳ございません……」
「アイーシャ嬢が自分の口でその怪我の事を説明してくれねえと、あれの言った通りかどうか……俺はユルドラークの力を使って調べるが……いいのか……?」
「──っ、言います! ご説明しますので……っ」

 クォンツが口にしたユルドラークの力を使い調べる、と言う事はユルドラーク侯爵家が正式にルドラン子爵家に調査隊を派遣し、昨日の件について調べると言う事である。
 犯罪があった訳でも無く、ただの家庭のいざこざでそのような調査隊を派遣してもらう訳にはいかない、とアイーシャは思い慌てて辞退したが、クォンツはひっそりと心の中でルドラン子爵家についても調べてみるか、と呟いた。



 傍から見れば、ぽんぽんと軽口を叩き合いながら仲睦まじく去って行くアイーシャとクォンツの後ろ姿を、エリシャは悔しさで唇を噛み締めながらじぃっ、と見詰めた。

「エ、エリシャ嬢……? ユルドラーク卿の事を名前で呼んではいけないよ……昨日言われただろう? それに……、怪我をしてしまったアイーシャをあのように……馬鹿にするように笑ってはいけない」
「──っ、酷いっベルトルト様……っ! ベルトルト様だってお姉様が悪いんだから、怪我をしてもしょうがないね、って言ってくれたじゃありませんか……!」
「そっ、そうは言ったが……、怪我をして痛がる人を馬鹿にするような態度はしてはいけないよ……!」
「酷いっ、何でそんな事言うんですかベルトルト様! 私が、私が悪いって言うんですか……っ長年……っ、ずっとお姉様に辛い目に合わされて来たのは私なのに……っ、私に酷い仕打ちをしたお姉様に、やっと神様がやり返して下さっているんです……!」

 エリシャは、狭い馬車の室内で自分の魔力を言葉に纏わせ、室内に魔力を充満させて行く。

「──ね、? ベルトルト様、私が今まで辛い思いをして来た事……ずっとずっとお話を聞いて下さっていたベルトルト様なら、分かって下さいますよね……?」
「あっ、ああ……。エリシャ嬢の言う事は分かる、けど……」

 ベルトルトはエリシャの言葉に肯定はしつつ、去って行ってしまったアイーシャの姿を馬車の中から探すように外へと視線を向けた。



 スタスタ、と軽やかに歩きどんどん学園の中へと進んで行くクォンツに、アイーシャは恥ずかしさに自分の顔を両手で覆っていた。
 昨日に引き続き、今日もこうしてクォンツに抱き上げられ学園内に入ってしまった。

(す、凄く注目されていた……っ)

 学園生から何事だ、と注目されてしまいアイーシャはこの後教室に戻る事が憂鬱になってしまう。
 また、昨日のように色々と質問責めに合ってしまうのだろうか、とアイーシャが遠い目をしていると、クォンツは目的地に着いたのだろうか。

「──先生、居るか?」

 昨日と同じように行儀悪く、足で扉を開けながら室内へと入って行く。

 アイーシャが周囲に視線を巡らせてみれば、そこは昨日クォンツに連れて来て貰った医務室で。
 医務室に居た昨日の常勤医がアイーシャとクォンツの姿を見て驚き、抱えられたアイーシャの足元を見て、眉を顰めた。

「──酷い怪我じゃないか、取り敢えず早くベッドに座らせてくれ」
「分かった」

 常勤医の言葉に頷き、クォンツはベッドへと足を進め、アイーシャを座らせる。

「あ、ありがとうございますクォンツ様」
「礼なんていらない。怪我してんだから今日は休みゃあ良かったのに……」
「で、でも……放課後にクォンツ様とアーキワンデ卿とお約束があったので……」
「それなら、俺とリドルがアイーシャ嬢の邸に行ったっていいんだしな」

 さらっ、とそう口にするクォンツにアイーシャが表情を曇らせる。
 アイーシャのその変化にクォンツは違和感を感じて、すうっと瞳を細めるとアイーシャに向かって問う。

「──その怪我をした経緯、話して貰ってもいいか?」
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