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「本当、に……お見苦しい姿をお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした、クォンツ様、アーキワンデ卿……」

 ベッドの上で、アイーシャが深々と頭を下げると、クォンツは「気にするな」とでも言うようにアイーシャの頭を乱暴に撫で、リドルは「大丈夫だよ、災難だったね」と優しく微笑んでくれる。

「それにしても……何でアイーシャ嬢の婚約者はあんな……礼儀知らずな妹の言葉を信じるんだろうな……ありゃあ礼儀だけじゃなく常識も知らねえだろ」
「──こら、ルドラン嬢の妹君だぞ。もう少し言葉を選べ……」

 クォンツの明け透けな物言いに、リドルが呆れたようにクォンツの頭を叩いている。

 だが、二人が言う言葉も最もで。
 アイーシャも、何故エリシャの言葉をベルトルトは疑いも無くすんなりと受け入れているのだろう、と疑問が残る。

 三人で首を捻っていると、いつの間にか気配を消して三人から離れていた常勤医が「あのー……」と小さく声を出してアイーシャに話し掛けて来た。

「──ひゃっ、……あっ、申し訳ございません、先生……! このような騒ぎを起こしてしまって……お仕事に戻れませんでしたよね?」

 アイーシャが申し訳無さそうに常勤医に謝罪をすると、常勤医はふるふると首を横に振り大丈夫だ、と示す。

「その、それよりも気になる事が……」
「──え、?」

 恐る恐る、と言った様子で常勤医が言葉を続けて、その続けられた言葉にアイーシャ以外のクォンツとリドルは驚きに目を見開いた。



「その……ルドラン嬢の妹君がある場面から室内に魔力を放出し始めたのですが……皆さん気付いておられない……?」





◇◆◇

 それから、アイーシャ達は常勤医の話を聞き、クォンツとリドルは難しい顔をして「調べる」とアイーシャに告げた。

 アイーシャが医務室で休んでいる間に、リドルがエリシャとベルトルトが早退した事を確認してくれて、あの二人がもう医務室に来る危険が無いと判断された為、クォンツとリドルはその調べ物の為にアイーシャと別れた。

 その調べ物には時間が掛かるかもしれないが、進捗があり次第三人で情報を共有する事になり、明日以降、アイーシャとクォンツ、リドルは放課後の学園の中庭で毎日落ち合う事に決めた。

 クォンツとリドルが、医務室を去り際にこの後アイーシャが家に戻る事を心配してくれたが、アイーシャは「大丈夫だ」と笑顔で二人に告げると、そこで一旦三人は別れ、アイーシャは午後から授業に復帰した。
 自分の教室に戻るなり、同じ教室の生徒達からは興味津々、といった様子でクォンツの事を聞かれたが何とか上手くはぐらかす。
 たまたまその場に居合わせて助けてくれただけだ、と言うとアイーシャの言葉をそのまま信じてくれて、学園一日目はエリシャが暴走した事以外は本当に穏やかに過ぎて行った。

 だが、学園の授業が終わりに近付くにつれ、アイーシャは自分の気持ちが落ち込んでくるのを自覚する。

(──家に帰ったら……お義母様に叱られそう……きっと、エリシャが早退した理由をエリシャ本人と……もしかしたらベルトルト様からもお聞きになって、強く叱られそうだわ……)

 アイーシャは授業終了の鐘の音を聞くと、のろのろと帰宅の準備を始める。
 学園の一日目が終わってしまった。
 これから馬車で子爵邸まで戻るのね、とアイーシャは小さく溜息を付くと、いつまでも教室に残っている事は出来ず、諦めて席を立った。



 学園の馬車止めに向かい、迎えの馬車にアイーシャは乗り込むと、ぼんやりと窓の外に視線を向ける。
 エリシャとベルトルトが早退した為、もしかしたら迎えの馬車が来ていないかもしれない、と心配していたのだが、馬車の御者はしっかりとアイーシャを迎えに来てくれた。

(良かったわ……徒歩なんかで帰ったら、何時間も掛かっちゃうから……)

 アイーシャは、馬車に揺られながら子爵邸に到着するのを窓の外を見つめ待った。



「お嬢様、到着致しました」
「ありがとう」

 馬車が小さく揺れ、止まると御者が扉を開けてアイーシャが降りるのを手伝ってくれる。
 アイーシャも、いつも通り御者にお礼を告げて邸へと向かう。
 玄関へと足を進め、玄関を入った所で怒声が響き渡った。

「──アイーシャ! 良くも何事も無かったかのように戻って来られたわね!」
「……っ、」

 玄関ホールに響き渡った声──。エリシャの母親であり、アイーシャの義母エリザベートの怒りに満ち溢れた声音に、アイーシャが驚きとエリザベートの形相に、恐怖に体を硬直させていると、ガツガツと足音荒くエリザベートがアイーシャの近くまで近付いて来て、右腕を力いっぱい振り抜いた。

 ──バチン!
 と、痛々しく大きな音が鳴り、アイーシャはその余りにも強い衝撃に、玄関ホールに倒れ込んでしまった。
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