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「……っ、キーキーキーキーと喧しい女だな……本当にこいつがアイーシャ嬢の妹なのか? 淑女らしさの欠片もねえじゃねーか」
「まあ、小猿のように愛らしい所はあるけれど……、そうだね。淑女としてはあまり褒められた態度では無いね」

 クォンツとリドルの辛辣な言葉に、今までそのような言葉を掛けられた事の無かったエリシャは羞恥と、怒りで顔を真っ赤にさせてしまう。
 ぷるぷると怒りに体を震わせて、エリシャが更に何かを口にしようと唇を開いた所で。
 我慢の限界だ、とでも言うようにアイーシャが声上げた。

「──エリシャ……っ、いい加減になさい……っ」
「っ!? ひっ、酷いですわお姉様っ!」

 アイーシャに叱責されたエリシャはぶわっ、と瞳を潤ませると、自分を止める為にすぐ側に来ていたベルトルトに泣き付く。
 だが、エリシャの言葉にアイーシャはきっ、と強くエリシャを見据えたまま言葉を続ける。

「酷いのは、どちらですか……! 先程から、貴方は礼儀の欠けた事ばかり……! クォンツ様と、アーキワンデ卿とは初対面なのですよ、それにお二方は私達よりも高貴なお方なのです! 礼節を持って対応させて頂くのが普通なのです!」

 普段は、全て諦めたようにエリシャやエリシャの母、婚約者ベルトルトに何を言われようが言い返す事無くエリシャ達の言葉をただ飲み込んでいたアイーシャの怒声に、エリシャは一瞬呆気にとられたが、直ぐにアイーシャへの怒り恨み憎しみの感情に心が塗り潰される。
 婚約者のベルトルトも、普段は何も言い返す事の無かった物静かなアイーシャが声を荒らげ、叱責する姿に狼狽える。

「──いやぁ……っ、お姉様っ、怒らないで下さいっ、また打たれるのは嫌ですぅっ!!」
「エ、エリシャ……!」

 ここぞとばかりに取り乱す口実を得たエリシャはアイーシャに哀れな程怯えて見せるが、今までのようにすぐさまエリシャを庇ってくれるのはベルトルトだけで。
 変わらず、クォンツとリドルからは冷めた視線を向けられる。

(えっ、えっ? 何で……? 私の魔力、満ちているわよね……?)

 クォンツとリドルの態度の変わらなさにエリシャが狼狽えていると、エリシャを庇うように抱き込んでいたベルトルトがアイーシャを睨み付けるように見詰め、責めるような声音を発した。

「アイーシャ……! これ以上妹であるエリシャ嬢に暴力を振るうな! 君の仕打ちに、エリシャの腕は酷い傷が出来ているんだぞ! 何度も何度もこんなか弱いエリシャ嬢を鞭打つなんて常軌を逸した行いだ!」

 何故、エリシャを鞭打っていた事になっているのか。
 そんな事、した事も考えた事も無かったアイーシャはベルトルトに向かってキッパリと言い返した。

「そのような事、今まで一度もした事ございませんが……。エリシャが、ベルトルト様にそのように告げたのですか?」
「──ああ、そうだ……! 可哀想に、エリシャ嬢は黙っていてくれ、と! 君にバレてしまったらまた酷い事をされる、と怯えていた……! そんな思いをしていると言うのに、エリシャ嬢は自分が至らない部分が多いから仕方ないのだ、と姉である君を庇う態度だって見せたと言うのに……!」
「そうですか……。ベルトルト様は私に事実確認をせず、エリシャの言葉だけを信じてしまったのですね……。そうですか……」

 失望。
 アイーシャの心の中には今その二文字しかない。
 義妹であるエリシャの言葉を一方的に信じ、アイーシャ本人に事実なのかどうか確認する事も無く、アイーシャがそのような事をする人間だとベルトルトは認識している。

「……話がすり替わってしまっておりますが、先の事に関しては私は一切間違った事は告げていない、と自信を持って言えます。ベルトルト様は、お考えが違う、と言う認識でよろしいでしょうか?」

 アイーシャの言葉に、先程までの話に討論が戻ってしまった事を認識したベルトルトは悔しそうに唇を噛み締める。

 アイーシャに冷静にそう告げられ、先程のアイーシャの言葉を思い出したベルトルトは、アイーシャが何一つ間違った事を言っていないのがはっきりと分かる。
 確かに、先程のエリシャの態度は高位貴族の人間に対して少々行き過ぎた行動だ。
 友人関係であれば咎められる事は無いが、初めて顔を合わせた相手に対して、あのような態度は些か頂けない。
 高位貴族では無くとも、あの態度は駄目だ、とベルトルトは理屈では分かっているが、それを目の前のアイーシャに言われているのが、咎められているのが気に食わない。

 自分は、妹に対して暴行を行っているくせに、と言う感情がどうしても拭えないのだ。

「……っ、エリシャ嬢が可哀想だ。……彼女を邸まで送る」

 ベルトルトは、アイーシャの問に何も返す事は無く、ただその言葉だけを小さく呟くとエリシャの肩を抱いたまま、逃げるように医務室から出て行った。

 エリシャがベルトルトに連れられて部屋を出て行くなり、室内はしん、と静まり返り。
 アイーシャはクォンツとリドルの前でなんてはしたない事をしたのだろう、と悔いる。
 家族のいざこざに巻き込んでしまった、とアイーシャが謝罪を口にして頭を下げるよりも前に、クォンツが呆れたように言葉を零した。

「──なんだ、あいつら……。頭に豆腐でも詰まってるのか……?」
「本当にな……。ルドラン嬢、大丈夫だったかい?」

 先程と変わらず、優しい態度の二人にアイーシャは泣きそうな表情でくしゃり、と笑顔を浮かべて頷いた。
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