【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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 医務室に、無作法にも飛び込んで来たのはアイーシャの義妹であるエリシャで。
 エリシャは肩でぜいぜいと息をすると、ベッドに腰掛けているアイーシャ、アイーシャの足を治療する為にしゃがみ込んでいた常勤医、そしてその側に立っているクォンツの姿を見付けるとたたたっ、と駆け寄った。

「──お姉様!」
「エ、エリシャ……っ」

 エリシャが入って来た扉からはアイーシャの婚約者であるベルトルトも入って来たようで、ベルトルトは扉を閉めると、突然入室して来たエリシャの姿に訝しむクォンツと常勤医に対してぺこりと頭を下げる。

「エ、エリシャ。ここには私だけがいる訳では無いのよ……。ご挨拶を……」
「ひ、酷いですっ、お姉様っ。私はお姉様が心配で、急いでここにやって来たのに……」

 アイーシャの言葉にエリシャはぐしゃり、と表情を歪ませると俯いてしまう。
 アイーシャの言葉に傷付いたエリシャを見てしまったベルトルトは怒りを顕に踵を鳴らしながらアイーシャへと近付いて来る。

「アイーシャ……! エリシャが折角君を心配してやって来たと言うのに、お礼も告げずにそんな事を言うだなんて……! 君には感謝の気持ちも何も無いのかい?」
「……感謝は致しますが、先ずはご挨拶を述べるのが先では無いでしょうか。学園とは言え、ここは貴族の子息、子女が通う学び舎です。挨拶は基本的な事なのでは……? エリシャ、こちらにいらっしゃるのはクォンツ・ユルドラーク卿です。怪我をした私をわざわざここまで運んで下さったの。……そして、こちらは学園の常勤医の先生です。手当をして頂きました」

 ベルトルトのアイーシャを糾弾するような言葉に、アイーシャは強い視線をベルトルト、エリシャ、と順に向けてそう言葉を返す。

 これ以上、礼儀も学べていないのか、と呆れられてしまう事も、女性にうつつを抜かして愚かな言葉を紡ぐ侯爵家の子息の姿を晒し続ける訳にはいかない。
 アイーシャがきっぱりと強い視線でベルトルトにそう言い切った事で、エリシャは一瞬だけ真顔になり、ベルトルトは羞恥に顔を赤くした。
 だが、二人がアイーシャに何かを言い返す事はせず、クォンツと常勤医に対して挨拶の姿勢を取る。

 アイーシャが口にした言葉は尤もな事で。何も間違った事は言っていない。

 クォンツは、先程エリシャが一瞬だけ真顔になった瞬間をしっかりと目にしており、心の中で「ふうん」と面白そうに呟いた。

「──ご挨拶が遅れて申し訳ございません……。私、エリシャ・ルドランと申します。……お姉様が大変お世話になりました」
「申し遅れてしまい失礼致しました。私はベルトルト・ケティングと申します。アイーシャを運んで下さりありがとうございます」
「──、?」

 クォンツは、ベルトルトの言葉に違和感を感じ、片眉をぴくりと上げる。
 何故、ベルトルトがアイーシャの名前を呼び捨てで呼んでいるのだろうか、と疑問に思った所で、アイーシャがその疑問に答えるように唇を開いた。

「クォンツ様、先生。騒々しくそして失礼な態度を取ってしまいまして申し訳ございません。私の義妹、エリシャ・ルドランと……婚約者のベルトルト・ケティングですわ」
「──婚約者?」

 アイーシャの言葉にクォンツはついつい不思議そうな声音で返してしまう。
 だが、クォンツがそのような態度になってしまうのも無理は無い。アイーシャは苦笑しながら「ええ」とクォンツの言葉に肯定するように頷いてみせると、クォンツの眉間の皺が益々増える。

「アイーシャ嬢。本気で言ってるのか……? ケティング卿がアイーシャ嬢の婚約者? 妹君の婚約者では無く?」

 クォンツの言葉に、何故かエリシャは「まぁ」などと頬を赤く染め。ベルトルトは気まずそうにクォンツからさっ、と視線を逸らした。

「……ええ。ベルトルト様は、義妹エリシャでは無く、私の婚約者です……」
「アイーシャ嬢の……?」

 アイーシャの言葉に、クォンツは疑うようにベルトルトへと視線を向ける。
 クォンツの疑念に満ちた視線に耐えきれなくなったベルトルトは、エリシャを連れて早く教室へ戻ろうと考えるが、それを口にするより早くクォンツが次の言葉を紡ぐ事の方が早かった。

「婚約者、と言うのであれば何故アイーシャ嬢は一人で学園内を彷徨っていたんだ? ケティング卿を見るに……この学園の生徒だろう? 初めてこの学園に登校した人間は、この学園内は広大な敷地面積の為、迷う心配もあった……。それに、見知らぬ場所で不安に感じていた筈だ……。それをここに通っている学生なら簡単に察せられる筈なのに、何故婚約者のアイーシャ嬢を放置した?」
「──そっ、それ、は……っ」

 クォンツの追及の言葉に、ベルトルトはついつい口ごもってしまう。
 正に正論、としか言いようの無いクォンツの言葉にベルトルトは背中に嫌な汗をかきながらどう言い訳をしようか、と必死に考えているとエリシャが場違いな言葉を発した。

「ひっ、酷いですっ、クォンツ様……っ、ベルトルト様を責めないで下さい……! ベルトルト様はちゃんとお姉様を案内するつもりだったんです……っ、私達から離れてしまったのはお姉様なんですっ!」
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