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 クォンツの有無を言わさない笑顔に黙らされてしまったアイーシャは、その後大人しくクォンツの腕に納まったまま医務室へと連行された。



「着いたぞ」

 ガラガラ、と行儀悪く医務室の扉を足で開けたクォンツはそのまま勝手知ったる様子で医務室の中へとずんずん進み、ベッドにアイーシャを下ろす。

 怪我の治療だけじゃないのだろうか、とアイーシャが不思議そうにクォンツを見上げるとクォンツは見上げて来るアイーシャの頭を些か強めに撫でて説明を始めた。
 クォンツの背後からは呆れたように常勤医がアイーシャとクォンツの後を付いて来る。

「悪いが……、あの場をさっさと退場した事で恐らくリドル……、あー……あの壇上に居て喋っていた男が居ただろう? あの男は俺がアイーシャ嬢を抱えて出て行ってるのをしっかりと見ているからな……だから、きっとこの後ここに来る」
「リドル、様ですか……あの壇上に居た……」

 アイーシャはクォンツの言葉を聞き、壇上に居た男子生徒──リドルを思い出す。
 そもそも壇上に居ると言う事は、この学園の中心人物であり、爵位も高い人間だ。
 アイーシャの目の前に居るクォンツも、そもそも今までの生活をしていれば、知り合う事など到底出来ない侯爵家の嫡男。
 ベルトルトのケティング侯爵家も、クォンツと同じ侯爵家ではあるが、ベルトルトのケティング侯爵位は元は伯爵位の家である。
 数代前の当主が戦争か何かで優れた働きをして、戦争で討たれた為陞爵した。
 それに比べて、クォンツのユルドラーク侯爵家は古くからある由緒ある侯爵家で、この国が国家として周囲の国々に認識された頃からあるらしい。
 建国は遙か昔となる為、正しい資料はあまり残されていないがベルトルトの侯爵家と、クォンツの侯爵家では同じ侯爵家と言えどもかなりの差がある。

 その為、クォンツのユルドラーク侯爵家と交流のある家と言えば相手もまた高位貴族である可能性が高い。

(──いえ……、可能性と言うより……絶対そうよ……!)

 クォンツ自身が高位貴族にありがちな爵位が下の者を見下す、といった態度を一切取らない為ついついアイーシャは気軽に接してしまっているが、本当はこんな気軽に接していいような相手では無いのだ。

「あの、クォンツ様……。リドル様、と言うお名前を聞いて……そのお名前で思い付く家名は一つしか無い、のですが……」
「ん……? ああ……、リドルは公爵家の嫡男だ」

 アイーシャの言葉にこれまたあっさりとクォンツが返答すると、アイーシャはひぃっ、と小さく悲鳴を上げる。

「こうしゃく、こうしゃくけの嫡男様……」

 生気を全て抜かれたかのような表情で、アイーシャは呟く。
 クォンツはあっさりと、なんて事無いように公爵家の嫡男だ、と言っているがリドル、と公爵家の嫡男、と言う言葉で壇上に居たあの男子生徒の家名が分かってしまう。

 リドル・アーキワンデ。
 アーキワンデ公爵家の嫡男は、空色の髪の毛に髪の毛よりも濃い海のような瞳をしていると聞いた事がある。
 先程、壇上に居たリドル、とクォンツが呼んだ男は間違い無く公爵家の嫡男だろう。
 水色の髪の毛に、深い蒼色の瞳をしていた事がしっかりとリドル・アーキワンデの特徴と一致している。

「そっ、それで……っ私はどうすれば……っ! アーキワンデ卿がいらっしゃった時は私はどうすれば……っ!」
「落ち着け、落ち着け。アイーシャ嬢は、そうだな……気分が優れなくなった、とでも言ってベッドに横になっていてくれれば良い」
「──えっ、そんな感じで大丈夫なのですか……っ」

 アイーシャとクォンツが話している間に、先程二人に付いて来ていた常勤医が「失礼しますよ」と声を掛けながらアイーシャの足元に跪く。

「──焦って、沢山歩きましたかね……? ユルドラーク卿が仰っていた"迷っていたご令嬢を"と言うのもあながち間違いでは無さそうですね」
「……っ、お恥ずかしい限りです」
「言ったろ? アイーシャ嬢は足を痛めてはいるんだよ」

 何故かクォンツが得意そうな表情を浮かべている横で、常勤医が手早く慣れた様子でアイーシャの足首に何かの薬剤を塗り、固定出来る清潔な包帯を上から巻き、止める。
 これで、何処からどう見ても「足を怪我してしまったご令嬢」の出来上がりとなってしまい、アイーシャは入学早々、こんな事になってしまい本当に良いのだろうか、と首を捻る。

「ありがとうございます、確かに……急いでいたせいで変な歩き方をしてしまっていたかもしれません。固定して下さり助かりました」
「いえいえ。どう致しまして」

 アイーシャと常勤医が和やかに、にこやかに会話を交わしていると。
 医務室に向かって急いで駆けて来る足音が二つ。
 その足音は、医務室の前で止まるとノックもせずにガララ、と勢い良く扉が開かれ、小さな影が飛び込んで来た。

「お姉様っ! ご無事ですか!?」
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