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 アイーシャが百面相をしているのに気付いていたのだろう。
 隣を歩いていたクォンツは声を殺して肩を震わせ、笑っている。

「ク、クォンツ様……っ!」
「わ、悪い……、アイーシャ嬢……。年頃の令嬢が、そんなに感情を顕にしているのが珍しくて、なっ」

 とうとう耐え切れなくなってしまったのか。
 クォンツは自分の腕で腹を抱え、声を出して笑っている。

「ふ、普段は私も淑やかにを心掛けております……っ! ただ、ちょっと……っ、今日は不測の事態が発生してしまいましたので……っ」
「──あぁ、迷子に焦って催しをサボろうとしてたもんな?」
「さ、サボる、など……っ致しません……っ!」

 ぽんぽんと貴族令息にしては軽い調子で言葉を投げて来るクォンツに、アイーシャもついつい素の自分で言葉を返してしまう。
 普段、あの家に居る時は自分を押さえ込み、義理の家族の様子をじっと観察し、下手な発言をしないように、と何処かいつも緊張していた。
 けれど、クォンツに対しては高位貴族で、しかも嫡男で普段の自分であれば絶対に関わりになどなれない程の人物の筈なのに、クォンツの性格なのか。
 それとも、学園と言う特殊な場所にいるせいか。
 自分を偽る事無く、自然体で会話が出来る事にアイーシャ自身も驚いていた。

 誰かと会話をするのが、こんなにも楽しいものなのだ、と言う事を久しぶりに実感し、アイーシャはクォンツと言葉を交わしながら大講堂へと向かう。
 その間、二人の間では会話が途切れる事は無く、クォンツは楽しそうに笑い続けていた。



 暫くクォンツに案内されるまま、学園内の長い廊下を歩き、何度か廊下を曲がり足を進める。
 途中途中、クォンツから大講堂に向かうまでの道すがら、どこどこに行くにはここをこう突っ切った方が近道だ、とか。先生が殆ど来ない場所と言うのを教えて貰う。
 「一番のサボり場所だ」と言う所もしっかりとアイーシャに案内してくれて、アイーシャは呆れ笑いをしてしまった程である。

「──さて、もう直ぐ大講堂に着く」
「本当ですか! クォンツ様、ありがとうございます……!」

 クォンツに声を掛けられた場所から、大分歩いたような気がする。
 それほどに大講堂がある場所から離れ続けてしまったのだ、とアイーシャは恥じると廊下を曲がり、渡り廊下の先に聳える煌びやかな建物──大講堂に視線を向けて、感嘆の声を漏らす。

「す、凄いですね……とても綺麗です……」
「──貴族達の見栄の為に各家が金を出し合った結果だな。……こんな物に金なんて掛けず、もっと必要な所があるだろうに……」

 クォンツは呆れたように、何処か憎々しげに吐き捨てるようにそう呟くと、直ぐにぱっと表情を変えてアイーシャににんまりと笑む。

「着いた、のはいいが……。もう始まってるな……。今から入れば注目を浴びるだろうが……いいのか……?」
「──ぅっ、それは……仕方ありません……。そもそも、私が迷ったりしなければ時間に間に合いましたもの……」
「注目を浴びるのは仕方ないって事か……まあ、そうだな、仕方ない。入口に向かうか」

 クォンツは不安そうな表情をしているアイーシャに、元気付けるように頭を何度か撫でてやると入口に向かって足を進める。

 渡り廊下を通り、大講堂の入口の付近に近付いて行くと、入口に居たあれは、先生だろうか。
 近付いて来るアイーシャと、クォンツに気付き、ぎょっと目を見開いて焦ったような表情を浮かべる。
 そして、何食わぬ顔で近付いて来るクォンツに慌てて駆け寄ると、声を潜めて話し掛けて来た。

「ユルドラーク卿……っ! 今日は、貴方の表彰もあるとお話したでしょう……っ! 今、貴方を探しに教師達が学園内を走り回っているのですよ……っ!」
「──え、ああ……確かにそんな事を言われましたね。それならばこうしましょう」

 クォンツはそう言うなり、隣に居たアイーシャににっこりと胡散臭い笑顔を向けると「失礼」と声を掛ける。
 アイーシャがきょと、と瞳を瞬かせているとさっと屈んだクォンツがアイーシャの膝裏と背中に腕を回し、そのまま抱き上げてしまう。

「──っ、!??」

 突然、視界が高くなった事に吃驚してアイーシャがぴしり、と固まると突然そのような行動をしたクォンツに学園の教師が慌てたように声を掛ける。

「ちょ、ちょっとユルドラーク卿! 女性に対していきなりっ、それに女性にそう簡単に触れるものではありませんよ……っ」
「今だけ、今だけだから目をつぶって欲しい、アイーシャ嬢。……いいか、こうしよう。俺は大講堂に向かう途中、学園内で迷い、焦って学園内を進むアイーシャ嬢が足を捻った所に出くわして、彼女をここまで連れて来たと言う事にしよう。そうすれば、俺も、アイーシャ嬢も参加が遅れた事は仕方ないと認識される」
「でも……私はもうそちらのご令嬢が普通に歩いて来た姿を見ていますよ」

 じとっ、とした視線を向けて来る教師に、クォンツは肩を竦めると「先生が言わないでくれたら大丈夫ですよ」とあっけらかんとそう言い、アイーシャが固まっている内に大講堂内へとスタスタと入って行ってしまった。



 扉の開く音に、中に居た学園生達が何事か、とちらりと視線を向けてくる。
 そんな数多くの視線など気にしていないと言うようにクォンツは進むと、学園の常勤医が控えている場所にアイーシャを連れて行き、常勤医の側にアイーシャを座らせ、自分もアイーシャの隣に腰を下ろす。

 クォンツは遅れてすまない、とでも言うように大講堂の壇上に居る──学園役員、だろうか。
 その生徒に向かって手を上げると、その役員の男子生徒は苦笑して話の続きを話し始めた。



 突然、後から入って来た生徒二人に周囲はちらちらとアイーシャとクォンツに視線を向けているが、学園役員も、学園の教師達も誰も咎めない事から、次第にアイーシャ達から視線は外れて行く。

 自分に向けられる視線が減った事に、アイーシャはほっと安心したように息を付いたが、未だにアイーシャを鋭い視線で見詰める者がいるとは思わなかった。

 アイーシャをまるで視線で殺してしまえるのでは無いか、と言える程恨みや憎しみの篭った瞳で見詰めるのはアイーシャの義妹──エリシャだった。
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