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しおりを挟む「──えっ、と……?」
アイーシャが躊躇いながら声を発すると、声を掛けて来た男子生徒がアイーシャに向かって歩いて来る。
その男子生徒が近付いて来るにつれて、先程までアイーシャが居る位置からは分からなかった顔がはっきりと分かるようになって、アイーシャは思わず息を飲んだ。
整った外見は、婚約者のベルトルトで見慣れていたと思っていたが、ベルトルトよりも容姿が整っており、切れ長で涼し気な金色の瞳はアイーシャを訝し気に見詰め、すっと通った鼻梁は高く、何処か気怠げな態度ではあるが歩む姿勢は気品を感じられる。
「こんな所に、何か用──……では無さそうだな。……迷子か?」
「──まっ、」
アイーシャの目の前までやって来たその生徒は、何処か揶揄うような表情でアイーシャにそう話し掛け、アイーシャは「迷子」と言う言葉に羞恥で頬を赤く染める。
「ち、違います……っ! 迷子では……っ」
咄嗟に言い返したアイーシャではあったが、辿り着きたい大講堂には辿り着けていない。
今の状況を迷子、と言わずして何を迷子と言うのか。
アイーシャ自身もしっかりとその事実を自覚してつい口篭ってしまう。
「──ふっ、やっぱり迷子だな。……新しく入学して来たご令嬢が流石に催しに出席しない、と言う事は無いよな」
「う、うぅ……。お恥ずかしい限りですが……大講堂に辿り着けず……気付けばここに……」
吐息で笑われたような気がして、アイーシャは観念したようにその学生から顔を逸らしてごにょごにょと言葉を紡ぐ。
羞恥で、顔がどんどん赤くなっているような気がする、とアイーシャは自分の頬を手のひらで隠すようにしてから、言葉の続きを目の前の学生に向かって告げた。
「も、もし宜しければ……大講堂の近くまで……案内して頂いてもよろしいでしょうか……」
「……困っているご令嬢を無視する事は出来ないからな……。分かった、案内しよう」
柔らかい声音の中に、若干揶揄うような色が含まれているような気がするが、アイーシャは気にしない。
気にして追求し、案内を止められてしまっては大講堂に辿り着く事が出来なくなってしまう。
アイーシャは、自分が迷子になっている事にばかり気が取られていたが、男子生徒に案内され始めて冷静になってくるとふと疑問が浮かぶ。
アイーシャ自身は、迷子によって大講堂に向かうのが遅れてしまっているが、男子生徒は何故ここに居るのだろう、とちらりと隣を見上げる。
新しく入学して来た者か、と言う口振りから、男子生徒は今年入学したのでは無いのだろう。
と言う事は、この学園の先輩と言う事になる。
新入学の学生を迎える催しは、確か在学生も参加が必須となっていた筈である。
それなのに、敢えて大講堂から離れた場所にやって来ていたこの男子生徒は──とアイーシャが考えていると、隣を歩いていた男子生徒が徐に唇を開いた。
「──ご令嬢、と呼ぶのも面倒臭いな……。名前は? ちなみに、俺はクォンツ。クォンツ・ユルドラークと言う」
「あっ、申し遅れました……! 私はアイーシャ・ルドランと申します……!」
「アイーシャ……、アイーシャ嬢か」
「はい……! ユルドラーク卿、ご迷惑をお掛け致しますが宜しくお願い致します!」
ぺこり、と頭を下げるアイーシャにクォンツはふはっ、と笑い声を上げる。
「こちらこそ。……ああ、畏まった呼び方はしなくていい。ここは学園だし、クォンツで良い」
瞳を細めてそう告げるクォンツに、アイーシャは「ではお言葉に甘えて」と笑顔を返した。
迷子になってしまった羞恥と、大講堂に向かうのが遅れてしまう、と言う焦りでアイーシャはクォンツの家名をついつい聞き流してしまったが、クォンツに笑顔を向けたままクォンツが口にした家名を思い出して笑顔がぴしり、と固まってしまう。
クォンツ・ユルドラーク。
ユルドラークはこの国の侯爵家の家名では無かっただろうか。
そして、その侯爵家の嫡男の名前も、クォンツ、と言う名前だった、とアイーシャは記憶している。
次期当主であるクォンツ・ユルドラークは優れた剣術の腕を持ち、座学も優秀。また魔力量も豊富で学生でありながら魔法剣士として活動しているとんでも無い人物だと聞いている。
そのような人物に、自分は道案内をさせてしまっている、と言う事に気付いたアイーシャは顔色を悪くさせた。
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