10 / 169
10
しおりを挟む「──えっ、と……?」
アイーシャが躊躇いながら声を発すると、声を掛けて来た男子生徒がアイーシャに向かって歩いて来る。
その男子生徒が近付いて来るにつれて、先程までアイーシャが居る位置からは分からなかった顔がはっきりと分かるようになって、アイーシャは思わず息を飲んだ。
整った外見は、婚約者のベルトルトで見慣れていたと思っていたが、ベルトルトよりも容姿が整っており、切れ長で涼し気な金色の瞳はアイーシャを訝し気に見詰め、すっと通った鼻梁は高く、何処か気怠げな態度ではあるが歩む姿勢は気品を感じられる。
「こんな所に、何か用──……では無さそうだな。……迷子か?」
「──まっ、」
アイーシャの目の前までやって来たその生徒は、何処か揶揄うような表情でアイーシャにそう話し掛け、アイーシャは「迷子」と言う言葉に羞恥で頬を赤く染める。
「ち、違います……っ! 迷子では……っ」
咄嗟に言い返したアイーシャではあったが、辿り着きたい大講堂には辿り着けていない。
今の状況を迷子、と言わずして何を迷子と言うのか。
アイーシャ自身もしっかりとその事実を自覚してつい口篭ってしまう。
「──ふっ、やっぱり迷子だな。……新しく入学して来たご令嬢が流石に催しに出席しない、と言う事は無いよな」
「う、うぅ……。お恥ずかしい限りですが……大講堂に辿り着けず……気付けばここに……」
吐息で笑われたような気がして、アイーシャは観念したようにその学生から顔を逸らしてごにょごにょと言葉を紡ぐ。
羞恥で、顔がどんどん赤くなっているような気がする、とアイーシャは自分の頬を手のひらで隠すようにしてから、言葉の続きを目の前の学生に向かって告げた。
「も、もし宜しければ……大講堂の近くまで……案内して頂いてもよろしいでしょうか……」
「……困っているご令嬢を無視する事は出来ないからな……。分かった、案内しよう」
柔らかい声音の中に、若干揶揄うような色が含まれているような気がするが、アイーシャは気にしない。
気にして追求し、案内を止められてしまっては大講堂に辿り着く事が出来なくなってしまう。
アイーシャは、自分が迷子になっている事にばかり気が取られていたが、男子生徒に案内され始めて冷静になってくるとふと疑問が浮かぶ。
アイーシャ自身は、迷子によって大講堂に向かうのが遅れてしまっているが、男子生徒は何故ここに居るのだろう、とちらりと隣を見上げる。
新しく入学して来た者か、と言う口振りから、男子生徒は今年入学したのでは無いのだろう。
と言う事は、この学園の先輩と言う事になる。
新入学の学生を迎える催しは、確か在学生も参加が必須となっていた筈である。
それなのに、敢えて大講堂から離れた場所にやって来ていたこの男子生徒は──とアイーシャが考えていると、隣を歩いていた男子生徒が徐に唇を開いた。
「──ご令嬢、と呼ぶのも面倒臭いな……。名前は? ちなみに、俺はクォンツ。クォンツ・ユルドラークと言う」
「あっ、申し遅れました……! 私はアイーシャ・ルドランと申します……!」
「アイーシャ……、アイーシャ嬢か」
「はい……! ユルドラーク卿、ご迷惑をお掛け致しますが宜しくお願い致します!」
ぺこり、と頭を下げるアイーシャにクォンツはふはっ、と笑い声を上げる。
「こちらこそ。……ああ、畏まった呼び方はしなくていい。ここは学園だし、クォンツで良い」
瞳を細めてそう告げるクォンツに、アイーシャは「ではお言葉に甘えて」と笑顔を返した。
迷子になってしまった羞恥と、大講堂に向かうのが遅れてしまう、と言う焦りでアイーシャはクォンツの家名をついつい聞き流してしまったが、クォンツに笑顔を向けたままクォンツが口にした家名を思い出して笑顔がぴしり、と固まってしまう。
クォンツ・ユルドラーク。
ユルドラークはこの国の侯爵家の家名では無かっただろうか。
そして、その侯爵家の嫡男の名前も、クォンツ、と言う名前だった、とアイーシャは記憶している。
次期当主であるクォンツ・ユルドラークは優れた剣術の腕を持ち、座学も優秀。また魔力量も豊富で学生でありながら魔法剣士として活動しているとんでも無い人物だと聞いている。
そのような人物に、自分は道案内をさせてしまっている、と言う事に気付いたアイーシャは顔色を悪くさせた。
96
お気に入りに追加
5,657
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません
せいめ
恋愛
「アナ、君と私の婚約を解消することに決まった」
王太子殿下は、今にも泣きそうな顔だった。
「王太子殿下、貴方の婚約者として過ごした時間はとても幸せでした。ありがとうございました。
どうか、隣国の王女殿下とお幸せになって下さいませ。」
「私も君といる時間は幸せだった…。
本当に申し訳ない…。
君の幸せを心から祈っているよ。」
婚約者だった王太子殿下が大好きだった。
しかし国際情勢が不安定になり、隣国との関係を強固にするため、急遽、隣国の王女殿下と王太子殿下との政略結婚をすることが決まり、私との婚約は解消されることになったのだ。
しかし殿下との婚約解消のすぐ後、私は王命で別の婚約者を決められることになる。
新しい婚約者は殿下の側近の公爵令息。その方とは個人的に話をしたことは少なかったが、見目麗しく優秀な方だという印象だった。
婚約期間は異例の短さで、すぐに結婚することになる。きっと殿下の婚姻の前に、元婚約者の私を片付けたかったのだろう。
しかし王命での結婚でありながらも、旦那様は妻の私をとても大切にしてくれた。
少しずつ彼への愛を自覚し始めた時…
貴方に好きな人がいたなんて知らなかった。
王命だから、好きな人を諦めて私と結婚したのね。
愛し合う二人を邪魔してごめんなさい…
そんな時、私は徐々に体調が悪くなり、ついには寝込むようになってしまった。後で知ることになるのだが、私は少しずつ毒を盛られていたのだ。
旦那様は仕事で隣国に行っていて、しばらくは戻らないので頼れないし、毒を盛った犯人が誰なのかも分からない。
そんな私を助けてくれたのは、実家の侯爵家を継ぐ義兄だった…。
毒で自分の死が近いことを悟った私は思った。
今世ではあの人達と関わったことが全ての元凶だった。もし来世があるならば、あの人達とは絶対に関わらない。
それよりも、こんな私を最後まで見捨てることなく面倒を見てくれた義兄には感謝したい。
そして私は死んだはずだった…。
あれ?死んだと思っていたのに、私は生きてる。しかもなぜか10歳の頃に戻っていた。
これはもしかしてやり直しのチャンス?
元々はお転婆で割と自由に育ってきたんだし、あの自分を押し殺した王妃教育とかもうやりたくたい。
よし!殿下や公爵とは今世では関わらないで、平和に長生きするからね!
しかし、私は気付いていなかった。
自分以外にも、一度目の記憶を持つ者がいることに…。
一度目は暗めですが、二度目の人生は明るくしたいです。
誤字脱字、申し訳ありません。
相変わらず緩い設定です。
どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話
恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる