8 / 169
8
しおりを挟む学園へと向かう馬車の中。
馬車に揺られながら、アイーシャは朝から何とも言えない疲労感に苛まれながら窓の外に視線を向け続けている。
アイーシャのルドラン子爵邸にやって来たベルトルトはアイーシャに向けて軽く挨拶をした後、にこにこと笑顔を浮かべながらエリシャをエスコートし、アイーシャを残したままさっさと二人で馬車に乗り込んでしまった。
アイーシャは御者の手を借りて馬車に乗り込む事になったのだが、アイーシャの婚約者の筈のベルトルトはエリシャとお喋りに夢中になっていて、アイーシャにはちっとも興味を抱かない。
(今更だわ、本当に……)
まるで、アイーシャの存在など無いかのようにエリシャとベルトルトは楽しげに二人で会話をしている。
「エリシャ。学園内を僕が案内しよう。内部はとても広くて、最初の頃は迷ってしまう可能性があるからね」
「本当ですか……! 嬉しいですベルトルト様……! あっ、でも……お姉様は……」
ちらり、とエリシャから気まずそうな視線を向けられてアイーシャは二人の方へと顔を向ける。
ベルトルトはあからさまに残念そうな、エリシャと二人で学園内を歩きたいと言う感情が透けて見えて、アイーシャは小さく首を横に振る。
「私は、結構ですわ……。ベルトルト様はどうぞエリシャを案内してあげて下さい」
「──そ、そうかい? 悪いねアイーシャ。上の学年の人にお願いすればもしかしたら案内してくれるかもしれないから、声を掛けてみるといいよ」
ベルトルトはほっと安心したように表情を綻ばせると、アイーシャに向けていた視線を直ぐにエリシャへと戻し、会話を再開する。
アイーシャは、その様子にこそりと溜息を吐き出すと、まだ学園に着かないのかしら、と窓の外をじっと見詰めた。
学園に到着し、ルドラン子爵邸を出る時と同様ベルトルトはエリシャが馬車から降りるのを手伝うと、アイーシャが馬車を降りるのを待つ事無く学園の門の方向へと向かい歩き出してしまう。
学園の方向を指差し、既に学園の説明を始めているのだろう。
ベルトルトと、エリシャの楽しげな声が薄らと聞こえて来て、アイーシャはその声が耳に入らないよう、学園の門を仰ぎ見た。
貴族学園は国内にいくつかあるが、アイーシャ達が通うこの学園は、王都にあり国内で一番規模が大きい。
王都近郊や、王都に居を構える貴族達の殆どがこの学園に入学し、約四年間しっかりと魔法やマナー、学問を学ぶ。
「──凄い、大きい……」
国で一番の規模を誇る為、まるで高位貴族の居城のような華やかで豪奢な造りに、アイーシャがついつい感嘆の声を漏らしていると、背後から声を掛けられる。
「──ご令嬢、そんな所でつっ立ってどうしたんだ……? 新しい生徒か? それならば早く中に入った方が良い。新しい生徒を迎える催しがあるだろう」
「へっ、……あっ、! も、申し訳ございません……っ! ありがとうございますっ!」
この学園に勤める先生だろうか。
低く、落ち着いた声音にアイーシャはびくりと体を震わせると声を掛けてくれた人物に素早く振り返り、深く頭を下げる。
頭を下げる際にちらり、と見えた男性の服装は、アイーシャと同じ学園の制服を身に付けていた為、先生ではなかったのね、とアイーシャは勘違いしてしまった自分に少しだけ恥ずかしくなりながら、下げていた頭を上げると直ぐに前方に向かって駆けて行く。
貴族令嬢である自分が走る、などとはしたないと思ってしまうが、生徒の姿がまばらになった門付近であれば、誰かに見られて咎められる事は無いだろう。
学園の方向へ振り向く際に、一瞬だけちらり、と視界に入った学園生の夜明け前のような美しいネイビーブルーの髪の毛がふわりと風に靡いていて一瞬その美しさに目を奪われたが、アイーシャはそのまま振り返る事無く、門の奥、建物内に向かい駆けて行った。
90
お気に入りに追加
5,657
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません
せいめ
恋愛
「アナ、君と私の婚約を解消することに決まった」
王太子殿下は、今にも泣きそうな顔だった。
「王太子殿下、貴方の婚約者として過ごした時間はとても幸せでした。ありがとうございました。
どうか、隣国の王女殿下とお幸せになって下さいませ。」
「私も君といる時間は幸せだった…。
本当に申し訳ない…。
君の幸せを心から祈っているよ。」
婚約者だった王太子殿下が大好きだった。
しかし国際情勢が不安定になり、隣国との関係を強固にするため、急遽、隣国の王女殿下と王太子殿下との政略結婚をすることが決まり、私との婚約は解消されることになったのだ。
しかし殿下との婚約解消のすぐ後、私は王命で別の婚約者を決められることになる。
新しい婚約者は殿下の側近の公爵令息。その方とは個人的に話をしたことは少なかったが、見目麗しく優秀な方だという印象だった。
婚約期間は異例の短さで、すぐに結婚することになる。きっと殿下の婚姻の前に、元婚約者の私を片付けたかったのだろう。
しかし王命での結婚でありながらも、旦那様は妻の私をとても大切にしてくれた。
少しずつ彼への愛を自覚し始めた時…
貴方に好きな人がいたなんて知らなかった。
王命だから、好きな人を諦めて私と結婚したのね。
愛し合う二人を邪魔してごめんなさい…
そんな時、私は徐々に体調が悪くなり、ついには寝込むようになってしまった。後で知ることになるのだが、私は少しずつ毒を盛られていたのだ。
旦那様は仕事で隣国に行っていて、しばらくは戻らないので頼れないし、毒を盛った犯人が誰なのかも分からない。
そんな私を助けてくれたのは、実家の侯爵家を継ぐ義兄だった…。
毒で自分の死が近いことを悟った私は思った。
今世ではあの人達と関わったことが全ての元凶だった。もし来世があるならば、あの人達とは絶対に関わらない。
それよりも、こんな私を最後まで見捨てることなく面倒を見てくれた義兄には感謝したい。
そして私は死んだはずだった…。
あれ?死んだと思っていたのに、私は生きてる。しかもなぜか10歳の頃に戻っていた。
これはもしかしてやり直しのチャンス?
元々はお転婆で割と自由に育ってきたんだし、あの自分を押し殺した王妃教育とかもうやりたくたい。
よし!殿下や公爵とは今世では関わらないで、平和に長生きするからね!
しかし、私は気付いていなかった。
自分以外にも、一度目の記憶を持つ者がいることに…。
一度目は暗めですが、二度目の人生は明るくしたいです。
誤字脱字、申し訳ありません。
相変わらず緩い設定です。
どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話
恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる