【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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 穏やかで、優しげなベルトルトの声。
 相手を慈しむようなその声音が、何故自分の義妹の部屋から聞こえて来るのだろうか、とアイーシャは薄らと開かれている義妹エリシャの部屋の扉からそっと中を窺った。

 年若い男女が二人きりで過ごさないように、侍女を同席させ、そして部屋の扉を開けて歓談しているのだろう。

(──けれど、私室でなんて……っ)

 婚約者が居ながら、他の女性の私室で会うなど許される行為では無いのでは無いか。

 アイーシャはドキドキと早鐘を打つ心臓を何とか落ち着かせながらそっと隙間から中を覗く。



「──ふふっ、ベルトルト様はとても面白いですのね」

 エリシャの部屋から、エリシャの甘い声が聞こえて来て、アイーシャは思わず眉を寄せた。

 他者の婚約者を名前で呼ぶなど、とアイーシャが考えていると、エリシャはベルトルトに向かって少しばかり沈んだ声音で言葉を紡ぐ。

「ベルトルト様は……こんなに優しくて……素敵なのに……」
「──ルドラン嬢……?」

 しゅん、と沈んだエリシャにベルトルトは心配そうに声を掛ける。
 自分を心配し、体を寄せてくれたベルトルトにエリシャはきゅう、と眉を下げて瞳を潤ませて唇を噛み締める。

「お姉様は、私が魔法も上手く使いこなせない妹だから……っ、情けなくていつも……っ」
「──いつも……? アイーシャが何かルドラン嬢にしているのかな……?」
「──っ、! ち、違います……っ! お姉様は何もっ。私が至らないせいですわ……!」

 エリシャはベルトルトに向かってまるで姉を庇うかのような表情、声音、態度でそう告げる。
 その態度は誰が何処からどう見ても不自然で。
 その不自然さに、アイーシャの婚約者でもあるベルトルトも眉を寄せる。

 何か、姉妹の間にあるのだろうか、と思わず疑ってしまう程のエリシャの態度にベルトルトは考え込むように自分の口元に指先を持って行った。
 そのベルトルトの様子を見たエリシャは更に悲しげに表情を歪ませると、涙をほろほろと流し、ベルトルトに縋り付く。

「何でも無いのです、本当に……っ。ですからどうかこれ以上考えないで下さいまし……っ」
「──ル、ルドラン嬢……っ」

 ベルトルトの胸元に縋り付いて来たエリシャを、ベルトルトはわたわたとしながら泣いている少女を乱暴に引き剥がす事も出来ず、躊躇いながらそっとエリシャの背中に腕を回し、慰めるように、落ち着かせるように手のひらを背中に当てて落ち着かせている。



 婚約者が、自分の義妹と抱き合っている。と言う光景を見てしまい、アイーシャは呆然としてしまう。

 いくら義妹が泣き出したとしても、胸に抱き慰めるなど些かやり過ぎでは無いのだろうか。
 ベルトルトは、困り果てたような表情でだがエリシャを自分から引き離す事はせず、抱き止めている。

 自分の知らぬ所で、婚約者は今までもこうして義妹と会い、話し、接していたのだろうか。
 アイーシャがそう考えてしまっていると、ベルトルトの腕の中に居たエリシャがまるでそこにアイーシャが居るのを分かっているかのように顔をちらりと向けた。

「──っ、」

 そして、にたりと口端を厭らしく吊り上げてベルトルトへ更に体を寄せた光景を見てしまったアイーシャは、その光景から逃げるように顔を背け、廊下を足音を立てぬように足早に通り過ぎた。
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