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しおりを挟むあの日は雨風が激しい日だった。
両親が、親戚の領地へと向かっていたある日。
嵐のような天候の時に、「それ」は起きて両親は帰らぬ人となってしまった。
◇◆◇
「──アイーシャ! アイーシャ!」
階下から怒鳴り声が聞こえ、赤紫の躑躅のような髪の毛がびくり、と震える。
次いで宝石のエメラルドのような瞳が怯えたようにうろ、と揺れた。
アイーシャ、と呼ばれた少女は金切り声で自分の名前を叫ぶ女性の元へと恐る恐る向かった。
「──お、お呼びでしょうか……お義母様……」
アイーシャがサロンの扉から恐る恐る顔を出すと、アイーシャの姿を見付けた義母──エリザベートは元から吊り上がっていた眦を更に吊り上げてアイーシャに向かってカップを投げた。
ガシャン! と音を立てて床に叩き付けられ破片が散らばる。
サロンの中に居た使用人達がアイーシャを気遣うような表情を浮かべるが、アイーシャは小さく首を横に振ると、使用人達を制す。
──お母様が愛用していたティーカップだったのに……
アイーシャは小さく心の中で呟くが、エリザベートに歯向かう事など出来やしない。
歯向かえば最後、アイーシャはこの家から追い出されてしまうだろうと言う事は分かっていた。
「アイーシャ! 貴女、またエリシャに向かって自分の魔法の能力をひけらかして、エリシャを傷付けたわね!」
「お、お義母様……! 私はエリシャに対してそのような事は……!」
アイーシャ自身にそんなつもりは一切無かった為、咄嗟に言い返す。
エリシャが何をどう義母に言ったのかは分からないが、「お義姉様はどんな魔法の種類が使えるの?」と聞かれたから答えたまでで。そして、「見てみたい」と言われたから簡単な初歩的な魔法を発動しただけだ。
「黙りなさい、アイーシャ! 貴女は、エリシャに対してどうしてそう酷い事が出来るの……!」
「──申し訳ございません」
これ以上何か言っても義母は怒り続けるだけだ、とアイーシャは弁解する事を諦めるとただ只管に謝罪を口にする。
先程投げられてしまい、割れてしまったのはアイーシャの母親の愛用していたカップだ。
このルドラン子爵家には、アイーシャの父親と母親の思い出が沢山残っている。
これ以上、義母のエリザベートを怒らせ思い出の品達を壊されてしまったり、捨てられてしまっては困る。
アイーシャが幼い頃に、馬車の事故で両親を失ってしまってから十年。
アイーシャの父親の弟がアイーシャを養女として引き取り、子爵位を継いだ。
ルドラン子爵家にはアイーシャしか子供が居らず、嫡子である男の子も居ない。幼かったアイーシャには婚約者も居なかった事から、アイーシャの父の弟、ケネブが子爵家の跡を継いだが貿易で莫大な財産を築いていたルドラン子爵家の膨大な財産は湯水の如く、弟夫婦に使われてしまっていた。
弟夫婦は実子であるエリシャが欲しがる物を何でも与え、甘やかし、我儘を全て許して来た。
それでもまだまだルドラン子爵家の財政は大丈夫そうなので、本当に相当な財産を蓄えていたのだろう。
だが、アイーシャの両親が築いた財産はアイーシャには殆ど使用される事は無く、必要最低限、ドレスや宝飾類を購入する為だけにアイーシャに使用されている。
アイーシャがルドラン子爵家の中で蔑ろにされていないよう、最低限そう見えないだけの体裁を保たてさせている。
サロンから追い出されたアイーシャは、とぼとぼと廊下を歩きながら自室へと向かう。
「──あと、ちょっと……。あと少しだけ我慢すれば……そうすれば学園に入学出来る……。それに、学園を卒業すれば……ベルトルト様と結婚する事が出来る……」
アイーシャには一つ年上のベルトルト・ケティングと言う婚約者が居る。
十七歳のベルトルトは、ケティング侯爵家の次男でアイーシャと結婚後、子爵家に入り跡を継ぐ予定である。
ケティング侯爵家は、ここ近年はあまり財政状況が良くなく、資金繰りに奔走していたらしい。
そこで、その侯爵家に目を付けたのがアイーシャの義母と義父である。
子爵家の潤沢な資産でもって援助する変わりに、ベルトルトとの婚約をもぎ取ったのだ。
高位貴族である侯爵家。
高位貴族と縁を結びたかった弟夫婦の思惑と、領民を飢えに苦しませる訳にはいかない、と考えた侯爵家の当主が頷いた事により、アイーシャと侯爵家次男のベルトルトの婚約は相成った。
だが、弟夫婦は実子のエリシャとベルトルトを婚約させたかったようだったが、まだ十五歳と言うエリシャよりも一つ年上のアイーシャを息子の婚約者として望んだ為、アイーシャがベルトルトと婚約を結んだのだが、それも義母の怒りに火を付けたようだった。
それからは義母、エリザベートの八つ当たりとでも言うような態度が酷くなりアイーシャに当たり始めたのだ。
アイーシャが自室に戻る途中。
義妹であるエリシャの自室の前を通りかかった時。
中からクスクスと機嫌良さそうに笑う声と、エリシャの侍女の笑い声。
──そして。
何故か、アイーシャの婚約者であるベルトルトの笑い声が聞こえて来て、アイーシャはぴたり、と部屋の前で足を止めてしまった。
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