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ぱたん、と馬車の扉が閉められてしまい、次いで馬車が動き出す。

馬車内にはシェリナリアとカイル、二人しか居らず他に誰かが同乗する、と言う期待も裏切られた。

何故か二人の間には気まずい空気が流れ、シェリナリアは扉に向いていた視線をカイルに向ける。
カイルは、気まずさからか視線をそわそわと彷徨わせておりシェリナリアから視線を受けた事に、ピンと背筋を伸ばして馬車の座席に姿勢良く座り直した。

「──確か、パロンドア国に入るのにはまだ数時間掛かるわよね……?」
「はい。本日は国境を越えてから移動の速度を上げる予定ですね。速度が上がるのは、一つ目の休憩地点で昼食を取ってからです」
「分かったわ」

シェリナリアの質問に、カイルはきびきびと答えると、腰に差していた長剣を抜き出し、座席に座る自分の腿の上に置く。

カイルの言葉から、暫く──昼食の時間に近付くまでは何処かに停車する事はないのだろう。
シェリナリアはゆったりと頷いた後、カイルに向かって唇を開いた。

「それなら、カイルはシアナの言う通り睡眠を取った方がいいわ。暫くは、自国内を走るのだから護衛の必要は低い筈よ。何かあっても、周囲の護衛が対応するからカイルは少し休んで」
「──ですが、そうしてしまいますと何かあった際に直ぐに対応が……っ」
「体調が万全でない護衛が私の身を守る方が心配だわ」

シェリナリアがキッパリと言い切った言葉にカイルはぐっと口篭る。
シェリナリアの言う事は正しい。
眠くて反応が遅れました、等皇族を守る騎士としてあってはならない事だ。
騎士として体調を整えるのは基本中の基本である。

それが危ういから、同じ専属護衛騎士のシアナも先程シェリナリアにああ言ったのだろう。

ゴトゴトと道を進む馬車の揺れは、正直眠気を誘う。
だが、ここで守るべき対象である皇女を置いて眠りにつくなど、とカイルは考えていたが先程シェリナリアにあのように言われてしまっては、シェリナリアの言葉に従う他ない。

カイルに、言い訳を許さないとでも言うようにじっと厳しい視線を向け続けるシェリナリアの視線を受けて、カイルは諦めるように一度瞳を閉じると再度シェリナリアへ視線を向け直した。

「──それでは、お言葉に甘えさせて頂き……昼食の時間まで、この場で休息を取らせて頂く事を許可頂けますと幸いです……」
「ええ。許可します」

カイルの言葉に、しっかりとシェリナリアが頷いた事を確認するとカイルは力を入れていた体からふっと力を抜いた。

「……座席は広いのだから、横になってもいいわよ?馬車が止まる前に起こすから」
「いえ……っ。皇女様の前で体を横になど出来ません……!このまま目を閉じさせて頂けるだけで結構です!充分休めますので……」
「──そう?あなたがそう言うのであれば……」
「ありがとうございます」

皇女と同じ空間で、自分だけ横になるなど恐れ多くて出来ない。
カイルは必死にそう言い募ると、座席に座った体勢のまま瞳を閉じて休ませて貰う事にした。

この体勢のままであれば、何かあっても直ぐに動く事が出来る。
剣の柄も自分が握っているから、直ぐに抜き放つ事も出来る。
自分が馬車の扉付近に居れば、襲撃を受けたとしても、奥に居るシェリナリアは安全だろう。

瞳を閉じても、そうつらつらと様々な事を考え、中々眠れそうにない。
だが、目を閉じているだけで体が休まるのは事実だ。






(──寝たかしら?いえ、まだ体に力が入っているわね……色々考えているのでしょう)

シェリナリアは、ちらりとカイルに視線を向けて直ぐに視線を逸らす。
人の視線に、気配に敏感な護衛騎士だ。
あまりじっと視線を向けているとカイルの休息の邪魔をしてしまう。

そう考えたシェリナリアは、あまり物音を立てないように配慮しながら、馬車の窓へと視線を向ける。

先程出立したばかりなので、まだ自分達が泊まっていた建物が視界に入る。

この馬車の行先は、山間の渓谷にある狭い道を通るようだ。
直ぐ側を川が流れ、馬車での移動中景色を楽しむ事も出来そうである。

これが、ただの領地視察等であればどれだけ良かった事か。

シェリナリアは、ふうと小さく溜息を漏らすと視界の隅にかくり、と動く影を認めて慌ててそちらへと視線を向ける。

(──嘘でしょ?カイルが、もう寝ているの……?)

先程まではしっかりと背筋を伸ばし椅子に腰掛けていたのが、今では首が時たまかくん、と落ちている。
馬車の揺れに合わせて、カクっと首が揺れ動くカイルの姿に、シェリナリアはそわそわと瞳を瞬かせてカイルの姿をじっと見つめてしまう。

これだけ視線を向けても、眠り始めたカイルは気付かないだろう。

「珍しいわね……」

ぽつり、とシェリナリアは小さく小さく呟いてカイルの側に座ってそっとカイルの顔を見つめる。

いつもは凛々しく上がった眉が、今では穏やかに眉尻が下がり、鋭い視線を送る瞳も今は瞼の奥に隠されている。

まじまじと見ていても、カイルが目を覚ます気配が無くシェリナリアがじっとカイルのその寝顔を見つめていると、ガタンっ、と一際大きく馬車が跳ねた。
何か、馬車の車輪が石にでもぶつかったのだろうか。

「──あっ、」

シェリナリアが小さく声を出し、体が傾くと同時、それまで真っ直ぐ姿勢を正していたカイルの体がシェリナリアの方へと傾いて来る。

とすん、とシェリナリアの肩へカイルの頭が乗る。

自分の肩に凭れたカイルの頭を、シェリナリアは退かす事も出来ず、どうする事も出来ず体がピシリ、と固まってしまった。
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