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私は皇女、私は皇女、私は皇女!
とシェリナリアは自分の心の中で呪文のように唱える。
そう唱え、自分は皇女なのだからと言い聞かせていないともっと無様な姿を護衛達や、使用人達に見せてしまいそうでシェリナリアは何とか表情を取り繕う。

(怪我をしてしまっているから、仕方なく……!そう仕方なく専属護衛のカイルに抱いて貰っているだけで、これは何も恥ずかしい事なんて無いわ。目線が高くとも、これくらい……これくら、い……)

視界の高さに、シェリナリアが慄いている事にカイルも、隣を歩くシアナも察している。
カイルに掴まるシェリナリアの手のひらの力が徐々に強くなり、落ちないように必死に掴まっているだけだ、と言うのは分かっているのだが、カイルは自分の口端がだらしなく緩んでしまう。

「──あなた、最近漏れてしまってるけどいいの……?」
「……、え、?は、いえ。何がですか?」

隣を歩くシアナから、じとっとした視線と咎めるような口調で話し掛けられ、カイルはキョトンと瞳を瞬かせる。

何も分かっていないようなカイルの態度に、いや、敢えて気付かない振りをしているのか分からないが。
そのような態度のカイルに、シアナは溜息を零すと先行きが不安だわ、と小さく呟くとシェリナリアの自室の扉を開いた。




「──皇女様。ご指示頂けましたら私共が荷物を纏めますのでお使い下さい」

室内に入り、カイルがシェリナリアをそっとソファに降ろすと部屋の外に控えていた使用人が紅茶の用意をして、シェリナリアの目の前のテーブルに置いて行く。

「本来ならば、私も動かなければいけないのに……ごめんなさい」
「とんでもございません。本来であれば周囲が旅立ちの支度をするのが普通です」

シアナは優しく微笑みながらそう言うと、シェリナリアの許可を貰い、衣服を纏め始める。
シェリナリアの部屋にはカイルとシアナ以外にも使用人が数人後から入室して来て、手際良く支度をして行く。

「あ、本は一纏めにして貰っていいかしら?そちらの鞄に入れて」
「畏まりました。カイル殿、男性の出番です。本を纏めて鞄を閉めたら馬車に持ち込む用の場所へ」
「──分かりました」

シアナは、シェリナリアの言葉を聞き的確に室内の使用人とカイルに指示を飛ばすと、シェリナリアの荷造りをあっという間に終わらせて行く。

「──殆ど、終わりましたね……。後は馬車に積み込むだけ……。皇女様、それでは馬車に移動致しましょう」

シアナがくるり、とシェリナリアに振り向くとシェリナリアもこくりと頷く。

シェリナリアが移動する際は、ここまで全てカイルが抱き上げて移動して来た事から、今回もカイルに抱き上げられ移動するのだろう、とシェリナリアは遠い目をして覚悟を決める。

流石に、お手洗いや入浴には女性の使用人が着くが、それ以外は朝から今まで全てカイルが手伝ってくれている。

(まあ……馬車に乗るまでよね……。カイルは馬で移動するだろうし)

「皇女様、失礼致します」
「ええ」

カイルから伸ばされる腕に、シェリナリアも既に慣れたように自分の体を委ねる。
下手に抵抗したり、緊張に体を固まらせたりするとバランスが取り辛いようだ。
その為、シェリナリアはこの瞬間、無を意識する。
意識している時点で無にはなれていないのだが。

慣れたようにカイルに抱き上げられ、馬車へと移動して行く。
歩いて行く間も周囲には視線を向けない。
どんな表情で自分達が見られているか、それを目の当たりにしてしまったら何だか挫けそうだ。



カイルが玄関から外に出ると、荷物を運ぶ馬車とシェリナリアが乗る馬車が既に用意されており、シェリナリアが乗る馬車へと向かい、足早にカイルは歩いて行く。

馬車の近くに居た使用人の一人が、シェリナリアとカイルの為に馬車の扉を開けステップを下ろしている。
カイルは使用人に礼を告げると、シェリナリアをさらに自分の方へと抱え直すとそのまま馬車の扉を潜る。

「──へ、?」

てっきりステップを上がった所で下ろしてくれると思っていたシェリナリアは、ぎゅう、とカイルに抱き締められたままぱちくりと瞳を瞬かせる。
狭い馬車の入口を通り過ぎるのに、仕方ない事とは言えこのように抱え込まれてしまうと些か苦しい。

「座席に下ろしますね、振動にお気を付け下さい」

カイルの言葉にこくこくと頷き、シェリナリアが頷いた事を確認したカイルはそっとシェリナリアを座席に下ろす。
丁寧に、慎重に下ろしてくれるカイルにシェリナリアが礼を伝えようと顔を上げた所で、外に居たシアナが馬車の扉からひょこりと顔を出した。

「──皇女様。カイル殿は夜警の休憩を取っておりませんので、申し訳ございませんが、そのまま馬車内で休ませて頂いても宜しいでしょうか?次の休憩地でカイル殿には騎馬して貰います」
「──え、?ええ……分かったわ……」

そう言えば、そうだった。
カイルは仮眠を取っていなかったのだ。
それを思い出したシェリナリアは、ついつい頷いてしまった。

視界の隅に慌てた様子のカイルが見えて、そこでシェリナリアは自分がとんでもない事を許可してしまったのだと気付き、シアナにやはり断りの言葉を告げようとしたのだが、時すでに遅し。

「皇女様、ありがとうございます。それでは、これより出発致しますね」

弾んだ声音でシアナがそう言うと、そのまま無情にも馬車の扉が閉められてしまった。
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