【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船

文字の大きさ
上 下
32 / 42

ゲストルームの扉の向こうで 1

しおりを挟む

ざわめく舞踏会のホールからミュラーの表情を隠すように、背中に回していた腕でぐっと抱え込み、レオンは自分の胸元にミュラーの顔を周りから見られないように抱き込んで隠す。

具合の悪くなったミュラーを連れている、という印象を周囲に抱かせないといけない。
熱で火照った頬も、朦朧として蕩けている瞳も、潤いの乗った唇も見られてはいけない。

(こんな状態のミュラーを俺がゲストルームに運んだらあらぬ噂を立てられる…!)

レオンは急ぎ足でホールを横切ると、心配して着いてくるミュラーの父親やホーエンス、アウディに視線をやる。

「ハドソン伯爵、いつもミュラーの側にいるラーラという侍女は?馬車にいるか?出来れば彼女を連れてきてもらいたい」
「─っ!わかった、私が行って連れてくる」

レオンに話しかけられたミュラーの父親ははっとしたあと、ラーラが待つ舞踏会の馬車停めへと向かうべく踵を返して足早にこの場を去って行く。

「ホーエンス、君はこの舞踏会にいる衛兵に事の次第の説明を。オリバーから宰相へ報告してもらっているから恐らく陛下の耳にも禁止薬物の件は入っているだろう。犯人はまだこの会場に潜んでいる可能性がある事を説明して来てくれ」
「…っわかりました!」

レオンからそう言われたホーエンスは、大きく頷くと、その場から走り去る。

後ろを着いてきていたアウディが、視線で「俺はどうします?」と聞いてきているのがわかり、レオンは奥歯を噛み締めた。

「…俺は解毒薬をまだ飲んでいない…。媚薬ではない禁止薬物を使用された時の為に、まだ解毒薬は残してある」
「…はい?」
「アウディ、お前は俺を殴って止める役目だ」

レオンの放つ言葉を聞いてアウディはぎょっと瞳を見開くと、まさか手を出すんじゃないでしょうね!?と悲鳴じみた声を出す。

「誰が聞いているかわからない廊下でそんな言葉を出すなよっ」
「いえっ、だって、えぇ!?」

レオンはゲストルームに続く王宮の廊下を歩きながら、周囲に人がいないかさっと視線をやり確認すると、憎々しげに唇を開いた。

「10分だ、10分。俺がミュラーのゲストルームから出てこなかったら殴って止めに来てくれ」
「…何か、本当にそうなってたら入るの凄く嫌なんですけど…」
「…手を出さない自信ならある…多分」

視線を泳がしてそう答えるレオンに、アウディは嫌な視線を向けると、わかりましたよ。と答える。
そのアウディの言葉にほっとしたように息を吐き出すと、レオンは些か緊張した面持ちで唇を開いた。

「冗談はさておき…真面目な話だ。…鍵は開けたままにしておく。10分俺が出てこなくて、アウディが入ろうとした時にもし、鍵が掛かっていたら…舞踏会の会場にいるだろう近衛兵を連れてきてくれ」
「近衛兵!?」
「ホーエンスには衛兵を頼んだ。恐らく俺の元へも事情を確認しに来るはずだ。そしてアウディが鍵が掛かり、ゲストルームに入れなかった場合近衛兵の誰でもいい、近衛兵を呼んできてくれれば部屋に押し入る事が出来る。…先程からニック・フレッチャーの姿を見ていないからな」

近衛兵も、流石に衛兵までその場に来ていたらただ事じゃないとすぐさま踏み込んでくれるだろう?と笑う。

「だからって兄上…考えすぎでは…?」
「何事も、物事を考える時には最悪の事を想定して動くんだ。物事の先を考える癖を付けておけ」

そこで、レオンはゲストルームが並ぶ廊下に到着すると近くにいた王宮で働く使用人を見つけ、声をかける。

「すまない、ゲストルームで二部屋空いている場所はあるか?出来れば隣通しがありがたいのだが」
「あ、っはい!」

声を掛けられた使用人は、ゲストルームの空きを確認する。
使用中の場合はゲストルームの扉、ドアノブの付近に美しく刺繍されたベロア生地の細いタイのような物が掛かっている。
それで使用中か未使用か判別しているのだろうか。
明らかに使用しているという事が外から判別出来ないように気を使いこのような判別方法にしているのだろう。

(まあ…婚約者同士や夫婦でゲストルームを使用する事もあるから…)

今回のように具合が悪くなったり、数人でお喋りをする為にゲストルームを利用する事もある。
その場合は不躾に誰かが入ってこないようにと配慮をする為。
それ以外では、夫婦や婚約者同士が人目を気にせず2人きりで時間を過ごす事を目的として利用する人へかち合って気まずい雰囲気にならないよう考えられて目印のような役割を持っているのだろう。
レオンがちらり、とゲストルームの扉達を横目で見ていると王宮の使用人が空いている部屋の前へと案内してくれる。

「そちらのご令嬢、体調が悪そうですが大丈夫ですか?ゆっくり休まれて下さい」
「ああ、ありがとう。彼女の侍女を今呼びに行っているから見てもらうよ。君はこの舞踏会中ずっとここに?」
「いえ、先程交代しましたが大丈夫ですよ、しっかり前任の者から使用中の部屋と未使用の部屋を言付かってますので」
「…そうか、ありがとう。助かったよ」

レオンが笑顔で答えると、使用人はレオンとアウディに一礼して廊下の入口へと戻っていく。
ああして、彼はゲストルームを利用する者達を案内する役目なのだろう。

レオンとアウディはその使用人の後姿を暫し見つめた後、案内されたゲストルームへ向き直った。

「兄上、俺も一緒に入りましょうか?」

アウディはレオンとミュラー2人の身を案じてそう伝えるが、レオンはそのアウディの言葉に首を横に振る。

「いや、もし2人で室内に入って身動き出来ない事態になったらいけない。アウディは外で10分待っていてくれ」

ぐったり、と自分にもたれ掛かるミュラーを力強く抱きしめ直すと、レオンはアウディに向かって声を掛け、そっとゲストルームの扉のドアノブを掴んだ。

「10分だ。頼んだぞアウディ」
「─わかりました」

何も無ければいい。
自分の考え過ぎで、本当にこの先のゲストルームが無人であればいいのだ。
あの場でミュラーを連れ出せなかったニック・フレッチャーが諦めてくれていればいい。
そうすれば自分はミュラーをソファに横たわらせ、室内が無人か確認し終わったらそのままゲストルームを出て彼女の侍女であるラーラと、ハドソン伯爵が戻るのを扉の前で待っていればいい。

レオンの頭の中にはニック・フレッチャー1人の事しか頭になかったのだ。
相手が1人であれば自分1人で抑えられる。時間が経っても出てこないレオンに気付いたアウディも外から踏み込んでくれるはず。
万が一鍵が閉められ、自分が動けない状態になってもアウディに近衛兵を呼びに行くよう頼んである。
全て、出来るだけの手は打てた。
レオンは自分の腕の中のミュラーの苦しそうに喘ぐ息遣いに心配そうに目を向けると頬をするりと撫でてから強く抱き直し、ゲストルームに足を踏み入れた。



「……」

ゲストルームの中は、照明がほぼ落とされていてやや薄暗い。
レオンはまず灯りを点けようと壁にある照明のスイッチを壁伝いに歩き、探した。
手に触れた馴染みのある照明器具のスイッチの感触にほっと安心したように吐息を零すと、それと同時にゲストルームの扉の鍵が中から「カチリ」と音を立てて閉まった小さな音を耳が拾った。

「…っ誰かいるのか!」

レオンが叫ぶのと同時に、レオンの耳元で聞きなれない媚びた女の高い声が聞こえた。






「お待ちしておりましたわ、レオン様。約束通り私と結婚致しましょう?」
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...