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最終話
しおりを挟む「キアト様こんにちわ。お仕事は終わりましたか?」
「──ルーシェ!ああ、大丈夫だ。もう終わったから庭に行こうか!」
キアトは、ひょこりと執務室から顔を出したルーシェに、ぱああっと表情を輝かせるとガタン!と大きな音を立てて勢い良く執務机から立ち上がる。
キアトの行動を見て、同じ室内で書類を手にしていたジェームズは呆れたような表情を隠しもせずにルーシェの元へ向かうキアトの後ろ姿に向かって声を上げた。
「キアト様!またですか、キラージ様にしっかりお伝えしますからね!」
「──っ、兄上には言わないでおいてくれ!戻ったら残りを捌くから置いておいてくれ!」
チラ、とジェームズに視線を向けすぐに視線をルーシェに戻すと、キアトはそそくさと逃げるようにルーシェの元へ向かって行ってしまう。
まだ仕事が全て片付いていない事にルーシェは困ったような表情を浮かべ、ジェームズに視線を向けたが、ジェームズが諦めたように苦笑して小さく頷いたのを見て、ルーシェはぺこりとジェームズに頭を下げて、キアトに促されて執務室から離れて行ってしまった。
あれから、数ヶ月の時が流れた。
キラージが邸に戻って来て、フランク医師から聞かされた言葉に、フェルマン伯爵家の今後が危ぶまれた時もあったが、フェルマン伯爵家には長男のキラージと、弟のキアトが居る。
キラージは、自分の体が不自由になってしまった事を理由にフェルマン伯爵家の爵位を弟であるキアトに譲渡する事を決めた。
基本的にこの国では長男が爵位を受け継いで行く事が決められているが今回のように、伯爵家当主である者が何らかの理由で爵位を譲渡する事は例外で認められている。
当主本人の推薦と、推薦者側の了承をもって国王陛下へ申し立てを行い、許可が下りればフェルマン伯爵の爵位譲渡が行われる。
その為、キラージが未婚のまま体に障害を抱えてしまった事から、満足に当主としての務めを果たせない、とキアトに爵位の譲渡を行う事を口にし、正式に伯爵家の当主の座をキアトへと譲渡したのだ。
その為、キアトはフェルマン伯爵家の当主となり、ルーシェの学園の卒業を待った後正式に婚姻し、ルーシェは伯爵夫人となる。
「キアト様、お仕事お忙しいのに……このように私との時間を過ごしてしまって、大丈夫ですか……?」
キアトが伯爵家を継いだ為、騎士団の仕事とフェルマン伯爵家の当主としての仕事に毎日追われているのを知っている為、ルーシェは自分との時間が負担になっていないか、と常々心配しており、今日もまたキアトにそう聞いてしまう。
「ルーシェとの時間が俺の唯一の癒しの時間だ。この時間が無くなってしまったら、俺は恐らく生きているのか死んでいるのか分からない毎日を過ごして行く事になるが、ルーシェはそうした方がいいのか……?」
キアトがしゅん、と大きな体を項垂れさせて悲しそうに眉を下げてそう聞いて来る姿に、ルーシェは胸をきゅん、と高鳴らせると頬を染めて首を横にぶんぶんと振る。
「と、とんでもございません……!わ、私との時間がキアト様の負担にはなっていないか、と心配だったのです……」
「負担になど思うものか。ルーシェとの時間が無くなってしまう方が辛い」
「──キアト様」
口下手で、寡黙だったキアトは本当に何処に行ってしまったのだろうか。
二人がすれ違ってしまった事件から、キアトは自分の気持ちを真っ直ぐに伝えるようになり、その真っ直ぐな態度と言葉は、甘い言葉に慣れていなかったルーシェを何度もときめかせ、幸福感に浸らせる。
キアトは少し照れたように笑うと、ルーシェの手を取ってフェルマン伯爵邸の庭園をゆっくりと歩いて行く。
二人が庭園の散策を楽しんでいると、視線の先に赤子を腕に抱き、美しい花々に視線を向けているキラージを見付ける。
「──兄上」
「お義兄様」
二人の声に気が付いたキラージは、穏やかな笑みを浮かべ二人に振り返った。
「キアトに、ルーシェ嬢。うん、二人は今日も仲睦まじいようだ」
「か、からかうのはお止め下さい兄上」
キラージは二人が手を繋いでいる姿を見て、嬉しそうににんまりと笑みを浮かべている。
キラージは、体の右足が麻痺した状態のままで、動かす事が出来ない。
懸念していた内蔵の損傷は酷くなく、数ヶ月経った今では、付き添いに車椅子を押して貰えば外に出る事も可能となった。
もう、二度と自由に自分の足で歩く事が出来ないかもしれない、と聞いた時は絶望し気力が無くなってしまっていたが、もう一度自分の腕で子供を抱きたい、と言う思いでリハビリを行い、懸命にリハビリを続けたお陰か右腕は何とか動かす事が出来るようになり、握力も僅かばかりではあるが回復して来た。
そうして、ここ最近になって漸く自分の子供である赤子をその腕で抱く事が出来るようになり、リハビリにますます力を入れるようになっている。
あの当時の、生きる気力を失ったかのような表情を思い出すと、今とはまるで別人のように表情が明るくなり、生き生きとしている。
「──目が覚めた当時は、もうこの子を二度と自分の腕で抱き締めてあげられないかも、と思い諦めたくなった時もあったが……」
キラージがぽつり、と零し自分の腕の中に居る赤子に優しげな視線を向ける。
「──この子の親は、俺だけだから。俺がしっかりとこの子を守ってあげないといけないもんな……」
「……そうですよ、兄上。アニーは、父親である兄上がしっかりと守って差し上げないと」
赤子──アニーの頭を優しく撫でてやりながら、キアトがそう言葉を掛けると、アニーが擽ったそうに小さく「あぅー」と声を出す。
その様子にキラージは笑いながら、キアトとルーシェに視線を向ける。
「自分の子供がこんなに可愛い存在だとはな……姪っ子であるこの子を、キアトも充分可愛がってくれて嬉しいよ。……早く俺にも甥っ子か姪っ子を愛でさせて貰えると嬉しいんだが」
「──なっ、!」
にまにまと嫌な笑みを浮かべ、からかうような表情でキラージがキアトとルーシェに視線を向けると、顔を真っ赤に染めたキアトがぱくぱくと唇を動かす。
ルーシェもキアトと同じく頬を真っ赤に染め上げるとうろ、と視線を彷徨わせた。
「ま、まだ俺とルーシェは婚姻前、で……っ、一年程待ってて下さい……っ!」
和やかな空気の流れる庭園で、焦りに焦ったキアトの弱々しい声が小さく響いた。
─終─
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沢山のご感想を頂けて嬉しいです✨
これからヒーローの兄も自分の子供と一緒に暮らしたいからきっと様々な事を頑張って乗り越えて行くと思います💪