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医者から呼ばれ、急いでキラージが居る客間へと急いで向かった。
向かった先には、フェルマン伯爵邸に到着した時よりも幾分か顔色が良くなったキラージが規則正しく呼吸をしていて、先程ルーシェが見た時の弱々しい呼吸では無く、しっかりと力強く呼吸を繰り返している。

キアトは客間に入室するなり、キラージに駆け寄ると安心したように表情を綻ばせた後、医者へと視線を向けた。

「──フランク医師!兄上の顔色が大分戻っているし、呼吸も先程より安定してる……!本当にありがとう……!」

薄らと笑みを浮かべるキアトと比べ、フランクと呼ばれた医者は、難しい表情を浮かべながら、キアトとルーシェ、ルーシェの父親に先ずは座ってくれ、とソファに促す。

キラージの状態を説明してくれるつもりなのだろう。
だが、キアトの表情とは裏腹にフランク医師の表情が芳しく無く、ルーシェの父親は眉を顰める。

何か、良くない状態なのだろうか。

そうルーシェの父親が考えていると、全員がソファに座った事を確認し、フランク医師がゆっくりと唇を開いた。

「キラージ・フェルマン殿の状態ですが……容態は落ち着きました……。命の危険は恐らくもう無いでしょう」
「──良かった……!兄上の命は助かったんだな!?」

フランク医師の言葉に、キアトがぱあっと表情を輝かせるが、フランクの暗い表情に、先程からルーシェと、ルーシェの父親は嫌な予感を感じて何も言葉を返せない。

「ええ、お命は……何とか……。ですが、お怪我をされてから時間が経ってしまっているのと、外傷とは別に内蔵と、神経も損傷されていたようです」
「──なに、?」
「臓器の損傷自体はそこまで深刻ではございませんが……神経の損傷により、キラージ殿が目覚めてからでないと詳しい事は分かりませんが、もしかしたら痺れが残ったり、麻痺で体が動かない、と言う可能性もございます……」

フランク医師の言葉に、キアトは瞳を見開くと直ぐにキラージの寝ているベッドへと視線を向ける。
規則正しく、呼吸をしていて、怪我をして至る所に包帯を巻いていなければ、ただ眠っているだけに見えるキラージの体に、損傷が残る可能性がある、と聞きキアトは唇を開いたが、何を言葉にすればいいのか、何度か口を開閉するが結局何も言葉を紡ぐ事が出来ずに、そのまま黙り込む。

「お怪我をされてから時間が経っているので、恐らく確実に後遺症は現れるかと思われます……」
「──後遺症、」
「……キラージ殿が目覚め、もしお体に違和感や、その後の体調の悪化などがございましたら、直ぐにご連絡下さい」

フランク医師の言葉を聞くなり、キアトは座っていたソファからふらりと腰を上げると、そのまま覚束無い足取りでキラージの眠るベッドまで歩いて行く。

「……フランク医師」

ルーシェの声に、フランク医師は悲しそうに眉を下げると、ルーシェとルーシェの父親に向かって一度視線を向けると、その後にキアトへと視線を向け、唇を開く。

「何種類か、薬を置いて行きます。……キラージ殿が目覚められた際、痛みを訴えられると思いますので、こちらが痛み止めの薬です。暫くの間食事は固形物を避け、流動食のような、流し込めるような物を取らせて下さい。それと、こちらは栄養を取れる薬です。暫く食事では賄えなくなるかと思いますので、食事に混ぜ摂取させて下さい」
「ああ、丁寧にすまないな……」

フランク医師の言葉に、ルーシェの父親が小さく言葉を返す。

ルーシェの父親とフランクはその後、少し会話を続けフランク医師は部屋を出て行った。

ルーシェはキラージのベッドの側で呆然としてしまっているキアトの元へと向かうと、キアトの隣に小さな椅子を持ってきて、腰掛ける。



「──初めは、……命が助かっただけでも、良かった、と感謝したんだ……」
「……はい」

キアトは、ルーシェに話し掛けると言うよりは自分の気持ちを吐き出すかのようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「けれど、実際兄上を見つけ、邸に戻って来て……怪我は多いが、他は大丈夫だろう、とそうであってくれ、と願っていたんだ……」
「私も、です……」
「それなのに……内蔵の損傷……?神経も損傷している可能性がある、だって……?」

キアトはぽつりと呟くと、自分の顔を覆い、その場に俯いてしまう。

命が助かったのだから、と喜べる場面なのに、医師から聞かされた言葉が重くのしかかり、キアトはこれからどうすればいいのか、この伯爵家が一体どうなってしまうのか、と考え頭の中が真っ白になる。

キラージが戻って来て、喜ばしい事なのに。
ただ、無事を喜びたいのに目を背ける事が出来ない事案が出てきてしまったのだ。


キアトが俯いたまま呆然としていると、目の前のベッドに横たわっていた兄、キラージから小さく呻き声が上がった。
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