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しおりを挟むバタバタとフェルマン伯爵邸が俄に慌ただしくなり始める。
キアトは、自分の兄キラージを医者へ託すと、緊張感が切れたかのように玄関ホールでへたり、と座り込んだ。
「──キアト様っ、お帰りなさい……!」
「ああルーシェ、ただいま……。近付いては駄目だ、汚れているし、兄上の包帯を替えたりしたから血液で汚れている……、それに衛生面でもあまり良くない場所に居たから、病原菌を持っている可能性がある」
キアトは、心配して近付いて来ようとするルーシェに自分の手のひらをさっと向けて静止すると、次いでルーシェの後ろにいるハビリオン伯爵に視線を向け、何とか立ち上がるとルーシェの父親に向けて頭を下げた。
「ハビリオン伯爵……。ご協力痛み入ります。ご協力頂けただけでは無く、このように邸までご足労頂きどのようにお返しをすれば良いか……」
「礼には及ばん。私は、私に出来る事をしたまでだからな」
キアトの言葉にルーシェの父親は優しく笑いかけると、キアトに湯浴みと着替えを進める。
このままこの場で言葉を交わすよりも、早く汚れを落として清潔な衣服に着替えて来た方がいい。
「──ありがとうございます。申し訳ございませんが、暫し時間を頂きます。……ルーシェも、応接室で伯爵と共に待っていてくれ」
「分かりました、キアト様」
キアトはルーシェと、ルーシェの父親にそう言葉を告げると急ぎ湯浴みと着替えの為に自室へ向かう。
足早にその場を去って行くキアトの背中をルーシェは心配そうに見つめ続けた。
戻って来た際に、垣間見えたキラージの顔色。
血の気が失せ、至る所に包帯を巻かれていて息をしているのか、していないのか遠目からは分からなかった。
キラージを一先ず客間へと運ぶように指示していたキアトの顔色も優れず、その表情からルーシェは不安になってしまい、自分の両手を胸の前でぎゅうっ組んだ。
「──ルーシェ。キアト殿から言われた通り、応接室へ向かおう」
ルーシェの父親は、ルーシェの肩にぽん、と手を置くと使用人の案内に従い歩いて行く。
背後からは、ぞろぞろと今回の捜索に向かった者達が伯爵邸に戻って来て居るが、誰もがその表情を曇らせている。
──息は、していた筈だ。
顔色は青白く、呼吸をしているかしていないか遠目からは分からなかったが、キラージの胸元はゆっくりと、微かに上下していた。
その事から、最悪な状況は免れている筈だ。
ルーシェは、今は乳母と共に居るであろう赤子の事を思い出して、ぎゅうと自分の唇を噛み締めた。
何故か、赤子の指に強く自分の指先が握られた事を思い出してしまった。
湯浴みを終え、衣服を替えたキアトはルーシェと父親が待つ応接室へ姿を表すと、改めて今回の捜索に協力してくれた事に礼を述べた。
そうして、キアトはこの邸を立った後の事をぽつりぽつりと説明し始めたのだ。
「兄上が保護されている、と言うルールエの町へは、馬の足で半日掛からず到着しました。……それで、先にこの町に入っていたハビリオン伯爵家の捜索隊の者に兄上の元へと案内して貰ったのです」
そして、案内された先に居た兄の状態にキアトは動揺し、そして衝撃を受けた。
生きているのが不思議な程、土気色の顔色をしており体中は包帯だらけ。
その包帯も、この町の貧しさ故か清潔な物では無く、そしてこの小さな町には医者も居なかった事から満足な手当もされていなかった。
誰も手当を出来る人間が居らず、そして食べ物も不足しており、自分達が食べる分しか食べ物も無い。
町の人間が言うには、やはりキアトが想像していた通り、生活用水を川に汲みに行った際に、川の側で倒れている兄を見つけ、その際に息があったので連れて戻り、取り敢えず流血箇所を止血してくれたらしい。
外傷はどうにかしてくれようとして、傷薬や包帯を巻いてくれたが、内傷までは町の者達では診る事が出来ない。
そして、町に連れて来た翌日からキラージは高熱を出してしまったらしい。
数日間高熱が続き、意識も戻らず、困り果てた町の人間は食べ物を取る事が出来ないからと、清潔な布に水を湿らせ、キラージの口に細く差し入れ、水分だけは何とか取らせたらしい。
だが、町でやれた事はこれだけだ。
キアトは、ルールエの町の者へ礼を告げると、改めて人を遣わせる事を町の代表に伝え、急いでフェルマン伯爵邸に戻ってきたらしい。
馬車での道中も、キラージの熱は下がらず邸に戻る寸前になって、やっと熱が下がり始めたらしい。
「──ハビリオン伯爵が手配して下さった医者に兄上を診て貰っておりますが、覚悟はしております……」
小さく呟き、俯くキアトにルーシェも、ルーシェの父親も何も言葉を返せない。
最悪の状況、になる可能性もあるとキアトは暗にそう告げているのだ。
もう少し見つけるのが早ければ。
もう少し早くルールエの町の存在に気付いていれば。
もう少し早くにキラージをフェルマン伯爵邸に連れて帰れていれば。
考えても仕方の無い事だとは分かってはいるが、キアトはそう考えてしまうのを止める事は出来なかった。
そうして、キラージを邸に連れ帰って暫く。
キラージを診てくれていた医者から呼ばれ、三人は客間へと向かった。
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