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しおりを挟むその言葉を聞いて、ルーシェは悲痛な表情を浮かべる。
平民の女性と、伯爵家の当主が婚姻関係を結べる筈が無く、その二人の間の子供も勿論伯爵家の籍に入れる事は出来ない。
それが分かっていたからこそ、伯爵家当主のキラージは悩み、どうにか出来ないかと奔走していただろう。
だが、その赤子を突然伯爵家で引き取った。
今までは、その平民の女性が子供を育てていたのに引き取った、と言う事は。
「キアト様……そのお相手の女性は……」
「──ああ。亡くなってしまったそうだ……」
その言葉に、ルーシェは自分の手を包んでくれていたキアトの手のひらを思わず自分でも握り返した。
予想は出来ていた。
だが、実際キアトの口から聞かされた言葉に、ルーシェはキラージの心情を思うと辛い気持ちになってしまう。
愛した人は、身分の違いのせいで共に歩む事が出来ず、愛した人との間に生まれた子は私生児として扱われ、自分の子供として認められる事は無い。
どれだけ苦しんだのだろうか。
その時のキラージの気持ちを考えるとやるせない気持ちになってしまう。
そして、現状キラージは事故に巻き込まれ、行方不明だと言う。
「……兄上とも、赤子の事をどうするか色々話し合ったいたんだ……。生まれて間も無い赤子を、孤児院には預けるのは……となり、翌日また再度いい方法が無いか、兄上と話すつもりだったんだ」
「そうだったのですね……。それで、翌日お兄様とのお話し合いで何かいい案が……?」
ルーシェの言葉に、キアトは悔しそうに表情を歪めると、首を横に振り、辛そうに言葉を紡いだ。
「──いや、兄上は……翌日急ぎの仕事が入り、仕事に向かった……。そして、馬車が……」
「──……っ!」
キアトのその言葉で、ルーシェはその時キアトの兄であるキラージが馬車の転落事故に巻き込まれたのだと気付き、空いている方の手で思わず自分の口を抑えた。
「そんな、事に……」
フェルマン伯爵家に巻き起こった一連の騒動を説明され、ルーシェは顔色を悪くする。
短期間で、フェルマン伯爵家には様々な出来事が起きて、混乱の真っ最中だったのだろう。
そんな大変な最中にも、キアトはルーシェの為に時間を作り、会いに来てくれていた。
それなのに、自分は何て身勝手な勘違いをしてキアトに向かって何度失礼な態度を取ってしまったのだろうか。
「申し訳、ございません……」
「……?ルーシェが何故謝るんだ……?」
「キアト様が、こんなに大変な時に私は……私は自分勝手にキアト様を振り回してしまい、大変な時期にキアト様を煩わせてしまいました……っ」
ルーシェが真っ青な顔で、俯いて震えている事にキアトはぎょっと瞳を見開くと、ルーシェの肩を掴んで自分の方へと顔を向けさせる。
「そんな事は無い……っ!俺に取って、ルーシェの存在は何ものにも代え難い大事な存在なんだ……!今回の出来事の中で、ルーシェの事を後回しになんて出来る筈が無い……っ」
真剣な表情でルーシェの瞳を真っ直ぐ見詰め、そう思いを告げてくれるキアトに、ルーシェは自分の視界が滲んで来てしまう。
「兄上や、赤子、伯爵家の事も大事だが、ルーシェを失う事が俺は一番怖いんだ……。ルーシェが俺の前から居なくなってしまったらきっと、俺は生きて行けない……」
「──キアト様っ、」
「俺には、ルーシェだけだ。ルーシェだけを愛してるんだ……」
「──っ!」
何とか耐えていた涙が、耐えきれずにぶわり、とルーシェの瞳から溢れた。
口数が少なく、寡黙で、口下手なキアトから愛の言葉など聞いた事がなかった。
態度や、雰囲気から好いてくれているのだろう、と言う事は分かってはいたが、ルーシェはずっと不安だったのだ。
キアトの気持ちを今、初めて聞く事が出来てルーシェは耐え切れずに泣き出してしまう。
だが、自分もちゃんと気持ちを伝えなければ、とルーシェはしゃくりあげながらも、何とかキアトに視線を合わせると自分もキアトに向けて気持ちを伝える。
「──私も、です……っ、私も誰よりもキアト様をお慕いしております……っ」
「ルーシェ……っ!ああ、良かった……っ!」
「……え、ひゃあっ!」
ルーシェの言葉を聞いて、キアトも若干瞳を潤ませるとルーシェの体を真正面から抱き締める。
ぎゅうぎゅうと、まるでもう逃がしてやるものか、とでも言うように強く強く抱き締められてルーシェは頬を真っ赤に染めながら、ばくばくと暴れる心臓はそのままにそっとキアトの背中に自分の腕を回した。
ルーシェが抱き締め返してくれた事に気付いたキアトは、更にルーシェを抱き締める腕に力を篭めると、ルーシェの耳元に自分の頬を甘えるように擦り寄せて、嬉しさに弾む声音で言葉を紡いだ。
「ありがとうルーシェ。嬉しすぎて兄上の捜索に、今すぐにでも復帰出来そうだ」
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