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キアトがやって来る約束の日の朝。

ルーシェは、自分の体が熱を持っている事に気付き朝から使用人を呼んだ。

チリン、とベルを鳴らしルーシェの自室に入ってきた使用人は、ベッドの中で眠るルーシェの真っ赤な顔を見てぎょっと瞳を見開いた。

「ルーシェ様!?熱が……!」
「うぅ……。やっぱりそうよね……。今日はキアト様が来る日なのに……」
「熱があるお体ではお会いする事が難しいかと……旦那様にお伝えして、ご対応して頂きましょう」

使用人はルーシェの額に「失礼致します」と一言告げてから触れると熱の高さに目を見張る。

数日前から体調が悪かった筈だが、気付く事が出来なかった自分の怠慢に反省した。

「少しだけお待ち下さい、旦那様へお伝えしてきます。その際にお水とタオルも用意して参りますね」
「──ありがとう、宜しくね……」

ルーシェのか細い声を背後に聞きながら、使用人はパタパタと急ぎ足でルーシェの父親の元へ向かった。







ルーシェが体調を崩し、発熱した。

キアトは、約束の時間にハビリオン伯爵邸に赴いたが出迎えた使用人にそう告げられ、見舞いに行こうとしたがその後に姿を表したルーシェの父親に声を掛けられ、応接間に通される。

「キアト殿、折角来て貰ったのに申し訳ないね……」
「いえ、とんでもございません。その……ルーシェ、嬢は大丈夫なのでしょうか?」
「少し高熱が出てしまったようでな……。後で顔を見に行ってくれるか?」
「勿論です」

キアトの態度を見て、ルーシェの父親はやはり二人の間に誤解が生じている事を確信する。
目の前のキアトはルーシェの事が心配で気もそぞろになっており、今にもルーシェに会いに行きたいとばかりにそわそわとしている。

だが、何が起きたのかを確認しておかねばならない。

ルーシェの父親は、キアトに向かって唇を開いた。

「──それで……、キアト殿。ルーシェが言っていた事は本当なのかな?キアト殿に子供が居ると?」
「……っ!とんでもございません……っ」

ルーシェの父親の言葉に、キアトは小さく悲鳴を上げた。
やはり、その話が、誤解がルーシェの父親にまで伝わってしまっている。

キアトは慌てつつも、ここ数日フェルマン伯爵家に起きた事柄を拙いながらも少しづつ説明し始めた。






「──……それ、で……兄上の子を抱いている所をルーシェ嬢にあの日見られてしまい……あの状況では、確かにルーシェ嬢が誤解してしまうのも無理ありません……」
「そうだったのか……キラージ殿の子なのであれば、キアト殿と血縁関係があるから顔立ちが似るのも仕方ないだろう……」
「俺──いえ、私もルーシェ嬢を追い掛けた後直ぐにその説明をすれば良かったのですが……」
「慌ててしまっていたのだろう……。まあ、気持ちは分かるが……このタイミングで今度はルーシェが熱を出すとは……」

ルーシェの父親が眉を下げて呆れ笑いをすると、キアトも眉を下げ、困ったように笑う。

「それよりも、いや、今回の件も早く解決せねばならんが、フェルマン伯爵家はどうする?領地や領主としての仕事が滞ってしまうだろう?」
「──それ、は……何とか私の方で対応する形になるかと……。兄上は絶対に生きていると信じておりますので」
「そうか……、そうだな……。何かあればいくらでも言ってくれ。我が伯爵家もフェルマン家の力になるからな」
「──ありがとうございます……っ」

ルーシェの父親の暖かい言葉に、キアトは瞳を若干潤ませ、頭を下げる。

そう言えば、ここ最近は兄の事故や伯爵家の事、そしてルーシェの誤解を解かねば、とバタバタしていてこうして心配され、声を掛けられたのは初めてかもしれない。

張り詰めていた気持ちが、ルーシェの父親の一言に慰められ、勇気付けられ、何とか上向くのをキアトは感じた。

(そうだ、後ろ向きになってどうするんだ……気落ちしてどうするんだ……このままじゃあルーシェだって安心して伯爵家に嫁いで貰えない。俺がしっかりとしないと……)

「そうだ、キアト殿。ルーシェの顔を見ていくか?」
「──いいのですか?」
「ああ、君ならルーシェに不埒な事はしないだろう?それに、使用人も同席するしな」
「ふ、不埒な事など……っ!絶対にしません……っ」

ルーシェの父親の言葉に、キアトは顔を真っ赤にすると慌てて首を横に振って否定する。

馬車に乗る時にルーシェに手を差し出すのだってまだ全然慣れないし、恥ずかしいのに寝ているルーシェに触れる、なんて事出来る筈が無い。
寧ろ、眠るルーシェの顔すら直視出来ない可能性だってあるのだ。

「っふ、そうか、絶対か。それは安心だな。ならば、使用人に案内させよう。ルーシェの体調が良くなったら直ぐに連絡する。またその時に会いに来てやってくれないか?」
「──ありがとうございます。是非宜しく御願い致します」

キアトがそう言い、頭を下げるとルーシェの父親は満足気に頷き使用人を呼んだ。
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