10 / 27
10
しおりを挟むキアトがやって来る約束の日の朝。
ルーシェは、自分の体が熱を持っている事に気付き朝から使用人を呼んだ。
チリン、とベルを鳴らしルーシェの自室に入ってきた使用人は、ベッドの中で眠るルーシェの真っ赤な顔を見てぎょっと瞳を見開いた。
「ルーシェ様!?熱が……!」
「うぅ……。やっぱりそうよね……。今日はキアト様が来る日なのに……」
「熱があるお体ではお会いする事が難しいかと……旦那様にお伝えして、ご対応して頂きましょう」
使用人はルーシェの額に「失礼致します」と一言告げてから触れると熱の高さに目を見張る。
数日前から体調が悪かった筈だが、気付く事が出来なかった自分の怠慢に反省した。
「少しだけお待ち下さい、旦那様へお伝えしてきます。その際にお水とタオルも用意して参りますね」
「──ありがとう、宜しくね……」
ルーシェのか細い声を背後に聞きながら、使用人はパタパタと急ぎ足でルーシェの父親の元へ向かった。
ルーシェが体調を崩し、発熱した。
キアトは、約束の時間にハビリオン伯爵邸に赴いたが出迎えた使用人にそう告げられ、見舞いに行こうとしたがその後に姿を表したルーシェの父親に声を掛けられ、応接間に通される。
「キアト殿、折角来て貰ったのに申し訳ないね……」
「いえ、とんでもございません。その……ルーシェ、嬢は大丈夫なのでしょうか?」
「少し高熱が出てしまったようでな……。後で顔を見に行ってくれるか?」
「勿論です」
キアトの態度を見て、ルーシェの父親はやはり二人の間に誤解が生じている事を確信する。
目の前のキアトはルーシェの事が心配で気もそぞろになっており、今にもルーシェに会いに行きたいとばかりにそわそわとしている。
だが、何が起きたのかを確認しておかねばならない。
ルーシェの父親は、キアトに向かって唇を開いた。
「──それで……、キアト殿。ルーシェが言っていた事は本当なのかな?キアト殿に子供が居ると?」
「……っ!とんでもございません……っ」
ルーシェの父親の言葉に、キアトは小さく悲鳴を上げた。
やはり、その話が、誤解がルーシェの父親にまで伝わってしまっている。
キアトは慌てつつも、ここ数日フェルマン伯爵家に起きた事柄を拙いながらも少しづつ説明し始めた。
「──……それ、で……兄上の子を抱いている所をルーシェ嬢にあの日見られてしまい……あの状況では、確かにルーシェ嬢が誤解してしまうのも無理ありません……」
「そうだったのか……キラージ殿の子なのであれば、キアト殿と血縁関係があるから顔立ちが似るのも仕方ないだろう……」
「俺──いえ、私もルーシェ嬢を追い掛けた後直ぐにその説明をすれば良かったのですが……」
「慌ててしまっていたのだろう……。まあ、気持ちは分かるが……このタイミングで今度はルーシェが熱を出すとは……」
ルーシェの父親が眉を下げて呆れ笑いをすると、キアトも眉を下げ、困ったように笑う。
「それよりも、いや、今回の件も早く解決せねばならんが、フェルマン伯爵家はどうする?領地や領主としての仕事が滞ってしまうだろう?」
「──それ、は……何とか私の方で対応する形になるかと……。兄上は絶対に生きていると信じておりますので」
「そうか……、そうだな……。何かあればいくらでも言ってくれ。我が伯爵家もフェルマン家の力になるからな」
「──ありがとうございます……っ」
ルーシェの父親の暖かい言葉に、キアトは瞳を若干潤ませ、頭を下げる。
そう言えば、ここ最近は兄の事故や伯爵家の事、そしてルーシェの誤解を解かねば、とバタバタしていてこうして心配され、声を掛けられたのは初めてかもしれない。
張り詰めていた気持ちが、ルーシェの父親の一言に慰められ、勇気付けられ、何とか上向くのをキアトは感じた。
(そうだ、後ろ向きになってどうするんだ……気落ちしてどうするんだ……このままじゃあルーシェだって安心して伯爵家に嫁いで貰えない。俺がしっかりとしないと……)
「そうだ、キアト殿。ルーシェの顔を見ていくか?」
「──いいのですか?」
「ああ、君ならルーシェに不埒な事はしないだろう?それに、使用人も同席するしな」
「ふ、不埒な事など……っ!絶対にしません……っ」
ルーシェの父親の言葉に、キアトは顔を真っ赤にすると慌てて首を横に振って否定する。
馬車に乗る時にルーシェに手を差し出すのだってまだ全然慣れないし、恥ずかしいのに寝ているルーシェに触れる、なんて事出来る筈が無い。
寧ろ、眠るルーシェの顔すら直視出来ない可能性だってあるのだ。
「っふ、そうか、絶対か。それは安心だな。ならば、使用人に案内させよう。ルーシェの体調が良くなったら直ぐに連絡する。またその時に会いに来てやってくれないか?」
「──ありがとうございます。是非宜しく御願い致します」
キアトがそう言い、頭を下げるとルーシェの父親は満足気に頷き使用人を呼んだ。
40
お気に入りに追加
1,527
あなたにおすすめの小説
もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。
お久しぶりですね、元婚約者様。わたしを捨てて幸せになれましたか?
柚木ゆず
恋愛
こんなことがあるなんて、予想外でした。
わたしが伯爵令嬢ミント・ロヴィックという名前と立場を失う原因となった、8年前の婚約破棄。当時わたしを裏切った人と、偶然出会いました。
元婚約者のレオナルド様。貴方様は『お前がいると不幸になる』と言い出し、理不尽な形でわたしとの関係を絶ちましたよね?
あのあと。貴方様はわたしを捨てて、幸せになれましたか?
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
失踪した婚約者の連れ子と隠し子を溺愛しています。
木山楽斗
恋愛
男爵令嬢であるエリシアは、親子ほど年が離れたヴォルダー伯爵と婚約することになった。
しかし伯爵は、息子や使用人達からも嫌われているような人物だった。実際にエリシアも彼に嫌悪感を覚えており、彼女はこれからの結婚生活を悲観していた。
だがそんな折、ヴォルダー伯爵が行方不明になった。
彼は日中、忽然と姿を消してしまったのである。
実家の男爵家に居場所がないエリシアは、伯爵が失踪してからも伯爵家で暮らしていた。
幸いにも伯爵家の人々は彼女を受け入れてくれており、伯爵令息アムドラとの関係も良好だった。
そんなエリシアの頭を悩ませていたのは、ヴォルダー伯爵の隠し子の存在である。
彼ととあるメイドとの間に生まれた娘ロナティアは、伯爵家に引き取られていたが、誰にも心を開いていなかったのだ。
エリシアは、彼女をなんとか元気づけたいと思っていた。そうして、エリシアと婚約者の家族との奇妙な生活が始まったのである。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります
柚木ゆず
恋愛
婚約者様へ。
昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。
そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?
どうかこの偽りがいつまでも続きますように…
矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。
それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。
もう誰も私を信じてはくれない。
昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。
まるで人が変わったかのように…。
*設定はゆるいです。
婚約者と妹が運命的な恋をしたそうなので、お望み通り2人で過ごせるように別れることにしました
柚木ゆず
恋愛
※4月3日、本編完結いたしました。4月5日(恐らく夕方ごろ)より、番外編の投稿を始めさせていただきます。
「ヴィクトリア。君との婚約を白紙にしたい」
「おねぇちゃん。実はオスカーさんの運命の人だった、妹のメリッサです……っ」
私の婚約者オスカーは真に愛すべき人を見つけたそうなので、妹のメリッサと結婚できるように婚約を解消してあげることにしました。
そうして2人は呆れる私の前でイチャイチャしたあと、同棲を宣言。幸せな毎日になると喜びながら、仲良く去っていきました。
でも――。そんな毎日になるとは、思わない。
2人はとある理由で、いずれ婚約を解消することになる。
私は破局を確信しながら、元婚約者と妹が乗る馬車を眺めたのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる