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しおりを挟むルーシェは、今自分の目の前にある光景が理解出来ない。
何故、自分の婚約者であるキアトは自分に良く似た赤子を大事そうにその腕に抱いているのだろうか。
何故、自分の婚約者であるキアトは愛おしそうにその赤子をその腕に抱いているのだろうか。
「ハビリオン嬢……」
後ろから声を掛けてくる門番は、どんな気持ちで今ルーシェに声を掛けているのだろうか。
その門番の声音はとても震えていて、見てはいけないものを見てしまったルーシェを気遣うような雰囲気を感じる。
ルーシェは、自分の体がフルフルと震えて来るのを感じた。
(悲しみ……?そうね、悲しいわ……。まさか……あのキアト様が私以外の女性との間に子を成しているなんて……でも、この震えは悲しみかしら……?いいえ、これは)
この腸が煮えくり返るような激情は。
(ええ、そうね……怒りだわ……!)
背後に居る門番は、怒りに震えているルーシェの体を、悲しみに涙しているのだろうと勘違いしていた。
門番がルーシェに向かって話し掛けようとした時、勢い良くぐるり、とルーシェが振り返る。
門番が危惧していた、悲しみに打ちひしがれ涙を流すルーシェの姿はその場には無く、門番の目の前に居るルーシェは、ただただ冷え冷えとした視線を門番に向けている。
その瞳には、涙の膜など張っておらず瞳は凍てついている。
「──帰りますわ」
「え、っ、え、あ……っ、」
ルーシェは、ただ一言そう呟くと、門番の言葉を待たずそのまま踵を返してスタスタと馬車まで歩いて行ってしまう。
追わなければ──。
いや、それともキアトに今すぐ声を掛けた方がいいのか。
門番があわあわとしている内に、さっさと馬車に乗り込んだルーシェは、躊躇いもせずに馬車を出してフェルマン邸から颯爽と去って行ってしまった。
「キアト様……!」
門番は、ルーシェが去った後急いで庭園へと向かうと、椅子に座りぼうっとしていたキアトへと慌てて駆け寄った。
「──?何だ、そんなに慌ててどうした?」
「先程、ハビリオン嬢が来られて……!」
キアトは、血相を変えて自分に駆け寄って来た門番に一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、門番が次に口にした名前に瞳を見開いた。
「ルーシェが?本当か、何処にいる?」
僅かに目元を和らげ、この家の人間以外には分からない程微かに喜色の色を浮かべてキアトが椅子から立ち上がりキョロキョロと周囲を見回す。
キアトが立ち上がった事で、眠っていた赤子が目を覚まし小さく「ふあぁ」と泣き出してしまい、慌ててキアトは赤子をあやし始めるが、その視線は自分の婚約者であるルーシェの姿を探すため周囲を忙しなくキョロキョロと見回している。
その浮き足立った様子のキアトに、門番は言いにくそうにしながらも「申し訳ございません」と初めに謝罪を告げてからルーシェの事を話始める。
「──その、ハビリオン嬢は……キアト様が抱かれている赤子を見た後、そのままお帰りに……」
「なに?」
門番の様子から、その時の状況があまり良くなかったのであろう事が察せれる。
キアトは顔色を真っ青に変えて、おろおろとしだした。
「な、何故ルーシェは俺に声も掛けずに帰ってしまったんだ……。いや、俺の姿を見て何かを勘違いを……!?ち、違う!この子は俺の子では無く──っ!」
「キアト様!それは私では無く、ハビリオン嬢に直接ご説明しなくては……!」
「そ、そうだな……!取り敢えずルーシェに会いに行かなければ……!」
わたわた、ばたばたと赤子を抱いたまま右往左往するキアトに、門番は落ち着くように助言する。
しっかりと今のフェルマン伯爵家の事情を説明して、話をすればすぐに誤解も解ける筈だ。
「そ、そもそも何故ルーシェは突然伯爵邸に……いつもは連絡が──……」
そこまで考えて、キアトは小さく「あっ」と声を出した。
そう、いつもルーシェはお茶会が終わると手紙を送ってくれた。
お礼と、次のお茶会の日時について問う手紙が来ていたのだ。
ここ最近は様々な事があり、フェルマン伯爵家はかつてないほどの混乱に陥っていた。
その混乱時に、ルーシェから届いていた手紙を確認していなかったのだろう。
キアトは、急いで邸内へと戻る為赤子を抱いたまま早足で自分の自室へと向かう。
途中、赤子を使用人に任せ部屋へと戻るとここ最近自分宛てに届いた手紙の山を確認して行った。
その中に、女性らしい綺麗なデザインの封筒を見つけ、それを引っ張り出す。
同じようなデザインの封筒が二つ程あり、その宛名を確認すると両方ともルーシェからの物だった。
「くそ……っ。バタバタしていたとは言え、何故俺はルーシェからの手紙に気付かなかったんだ」
今更悔いても仕方がない。
キアトは急いでルーシェからの手紙を開封すると中身に目を通す。
一通目は、いつも貰っていた手紙と同じく先日のお礼と、次回のお茶会のお誘い。
二通目は、キアトの体調を心配する内容と、今日、お見舞いに行くと言う内容。
「──なんて事だ……」
心配してわざわざ来てくれたのに、ルーシェは自分の姿を見て、傷付いたかもしれない。
今すぐ違うのだ、誤解だと説明しに行かなければ。
キアトはそう考えると、急いで外出の準備をする為に使用人を呼んだ。
着替えをして、馬を用意して、ルーシェに話さなければ。
赤子を抱く自分の姿を見て、ルーシェは悲しんでいるかもしれない。傷付いているかもしれない。
キアトはルーシェのハビリオン伯爵家に向かう為、急いで支度をした。
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