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「──おかしいわ……」

ルーシェは、自室で自分の机に向かいながらぽつりと呟く。

キアトとのお茶会の翌日、送って貰ったお礼と、次回のお茶会の日にちを決めましょう、と手紙を送った。
今までであれば、三、四日程経てばキアトから返事が届いていたと言うのに、手紙を送ってから八日経ってもキアトから返事が届く事は無い。

「何かあったのでしょうか?」
「そうね……あの後、キアト様が仰っていたように雨が降ったから、雨に降られてキアト様が体調を崩してしまったのかしら?」

ルーシェの部屋の掃除を担当する使用人が、心配そうにルーシェに声を掛ける。
使用人の彼女は、ルーシェが幼い頃から側に居る人物の為、部屋の掃除が終わった後にこうしてお喋りをするのも恒例となっている。

「お風邪を召してしまったのならば、キアト様の看病に行かなければならないわよね?」
「……お嬢様、看病を口実にただキアト様にお会いしたいだけですね?」
「ふふふっ、バレてしまった?」
「そのようにお顔を輝かせて嬉しそうにお話していれば、誰でも分かりますよ」

使用人の彼女──ナタリーの言葉に、ルーシェは「いけないいけない」と表情を引き締める。

「キアト様が体調を崩して苦しんでいらっしゃるのであれば、喜んではいけないわね。お父様にご相談して、お見舞いに行こうかしら」
「こっそり行って、キアト様を驚かせるのは如何ですか?もし突然お嬢様がお見舞いにいらっしゃったら驚いて、嬉しそうに微笑んで下さるかも!」
「まあまあまあ!嬉しいと感じてくれるかしら……!微笑んで頂けたら嬉しくて倒れそう……!」
「きっと笑って下さいますよ!お嬢様が自分を心配して来て下さるのですもの」

二人は、きゃっきゃと声を弾ませて楽しそうに笑い合う。

「か、看病する時にキアト様の手を握ってもいいかしら……?自分から握るのははしたない?」
「いえいえ!そんな事はございませんよ!早く治って頂きたい、と言う気持ちを込めるのですもの!きっとキアト様もお喜びになられるかと!」
「ほ、本当!?そ、それなら手を握ってもいいかしら。わああっ、想像するだけで恥ずかしいわね!」

恥ずかしそうに頬を染めて頬に手を当てるルーシェに、ナタリーは嬉しそうに瞳を細めて微笑む。

伯爵家の大事な大事なお嬢様。
ナタリーは、幼い頃からルーシェに仕えている為、ルーシェがどれだけキアトを好きか、どれだけ想っているかを知っている。

婚約が結ばれた五年前。
騎士団の集団演習の様子が国民の前で行われた。
その際にキアトに惹かれたルーシェは、後日自分の婚約者としてキアトの名前が上がった事に大いに喜んだ。
お互い、伯爵家で次男と次女同士。
家同士の婚約に対する話し合いもするするとスムーズに進み、トントン拍子に婚約が決まった。

初めは演習の時に惹かれた相手だったから好意を持っていたに過ぎなかったが、何度か会う内に寡黙で口下手ながらも婚約者であるルーシェを大切に扱ってくれて、優しく微笑んでくれるその笑顔に、不器用ながらも優しい人柄にどんどん惹かれて行った。

そんな主人の様子を見続けていたからこそ、ルーシェが幸せそうに笑っている姿を見るのがナタリーはとても嬉しい。

「きっとキアト様もお嬢様に会えずに悲しい思いをしていますわ!お見舞いに伺います、とお手紙を出してキアト様の元へ向かっては如何でしょう?」
「──そうね、うん、うん。そうするわ。明日にでも早速お手紙を出して、その翌日にお伺いするわ」

こくこくと嬉しそうに頷くルーシェに、ナタリーは綺麗な便箋を用意しなくては、と使命感に燃えた。









翌日、早速ルーシェはキアトの体調を気遣う内容の手紙を綴り、お見舞いに伺いますと認めて手紙を出した。

前回、手紙を出してから九日目の事だ。
翌日、十日目にキアトのフェルマン伯爵邸にお見舞いに行く。


翌日。
ルーシェは体に良いと言う食べ物や、薬草等を使用人達に用意してもらい、それらを目いっぱい鞄に詰めて馬車へと乗り込んだ。

「今頃、キアト様は手紙を受け取って読んでいらっしゃるかしら?……ふふっ、びっくりされてるかもしれないわね」

どんな表情をするだろうか。
キアトが驚きの表情を浮かべている姿が全く想像出来ない。

「びっくりした後、嬉しそうに笑ってくれるかしら……ああ、どうしましょう。とても緊張してきたわ」

ルーシェはドキドキと早鐘を打つ自分の心臓に手を当てる。

喜んでくれるだろうか。
けれど、風邪が移るからと心配もしてくれるような気がする。

どんな表情をするか、とわくわくしている内にあっという間にフェルマン伯爵邸に着いてしまい、ルーシェは慣れた様子で馬車から地面に降り立つと、顔見知りとなった門番に笑顔で挨拶をした。

「──こんにちわ。キアト様はご在宅でしょうか?」
「ハビリオン嬢……」
「どうされたの……?」

見知った門番は、ルーシェの顔を見るなり何とも言えないような表情を浮かべて、戸惑いを顕にしている。
無意識に、ルーシェの視線が門の奥に行かないように体をずらした事に、ルーシェは何か嫌な予感を覚えて自分の体をずらし、門へ一歩近寄った。

背後から、門番の戸惑うような声が聞こえたが、キアトの婚約者であるルーシェに触れて止める事も、無理矢理止める事も出来ずに慌てる声だけが聞こえて来て、ルーシェは不穏で、嫌な予感を振り払うようにそっと伯爵邸の庭園へと視線を向けた。

先日、ルーシェとキアトが庭園でお茶をした場所。
その時、そのテーブルには自分とキアトが席に座り幸せな一時を過ごしていた。



だが、今ルーシェの目の前では先日と同じくキアトが同じテーブルの椅子に座り、自分の腕の中に抱いた人物に、慈しむような、愛情を確かに瞳に写し口元を綻ばせ微笑んでいた。

先日のように、ルーシェは目の前には居ない。
だが、そのように慈愛に満ち溢れた、愛情に満ち溢れた表情を見た事が無いルーシェは、キアトの腕に抱かれている存在よりもキアトのその表情に愕然としてしまった。
脳の、処理速度が落ちてしまっているような気がする。

「──え、」

そして、次いでキアトの腕の中で幸せそうにすよすよと眠る存在に視線を移す。

その存在──生まれたばかりの様子の赤子は、キアトと同じ白銀の短い前髪を、そよそよと風に靡かせて眠っている。
顔立ちも、何処かキアトに似ていて──

「え……」

何処からどう見ても、血の繋がりが確かにあるのだろうと理解してしまう。
それだけ、赤子は目の前のルーシェの婚約者、キアトととても似ていたのだ。
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