【完結】婚約者に隠し子がいたようなのでお別れしたいのにお別れ出来ません

高瀬船

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麗らかな春の日差しが気持ちのいい午後。
フェルマン伯爵邸の庭園では、その家の次男である男と、その婚約者である女性が穏やかにお茶の時間を楽しんでいた。

「暖かくなって来て、とても過ごしやすくなりましたね、キアト様」
「ああ、そうだな……」

女性──ルーシェ・ハビリオンはこの国の伯爵家の次女である。
そのルーシェの真向かいの席に座り、静かにカップに口を付けているのはルーシェの婚約者である、キアト・フェルマン。
同じくキアトはこの国の伯爵家の次男だ。

家督を継ぐ事の無いキアトは、この国の騎士団に所属し、時々嫡男である兄の仕事の補佐も行っている。
その為、日々忙しいキアトとあまり会う時間は作れないが婚約者として月に数回のお茶の時間は必ず共に過ごしてくれるし、寡黙ながらもルーシェの言葉にはぽつりぽつりと言葉を返してくれる。

キアトが一生懸命言葉を選び、ルーシェと会話をしてくれる優しさに、ルーシェはいつも堪らない気持ちになる。

口下手で、気の利いた言葉を口にする事が殆ど出来ない目の前の男がルーシェは好きだ。
寡黙で、口下手で、だけれど真面目。
一生懸命自分の婚約者と会話をしようとしてくれる姿勢が好ましい。

きっと、この人と結婚したら穏やかで、幸せな日常を送れるのだろうな、と想像出来る。
燃え上がるような熱情は無くとも、ゆったりとじんわりと幸せを感じる事が出来るだろう。

(もうすぐ、学園を卒業する……そうしたら、キアト様と婚姻式があるのね……)

二人の婚姻式は、ルーシェが学園を卒業してからと決まっていた。
四歳年上のキアトは、今年で二十一歳となる。
ルーシェは在学中にキアトと結婚しても別に良かったのだが、学園を卒業した後に婚姻式をした方が慌ただしく無くていいだろう、とキアトに言われルーシェはそれもそうか、とキアトの提案に乗った。

(確かに……学園の卒業までに結婚していたら忙しくて勉学に集中出来なかったかもしれないものね)

キアトを待たせてしまう結果となってしまっていたが、その気遣いも嬉しかったし、ルーシェはその気遣いも自分を慮ってくれている、と考えれてとても嬉しかった。

ルーシェは、ちらりと目の前に座るキアトに視線を向ける。
キアトは視線を受けて、カップから目線を上げるとルーシェに向かって首を傾げたが、ルーシェは「何でもない」と言うように笑顔で首を横に振る。

会話が無くとも、苦ではない。
のんびりとしたこの空間がとても好きで、ルーシェは幸せな気持ちになる。
そんな笑顔のルーシェを見て、キアトも瞳を細めて自分を見てくれる。
滅多に見る事は出来ないが、キアトの口元が微かに笑みの形を作り、キアト自身もルーシェと共にいる時間に僅かでも幸せを感じてくれているのだろう。

のんびりと二人でぽつりぽつりと会話をしながら時間を過ごしていたが、ふと途中でキアトが上空を見上げた。

「──雲行きが怪しくなってきたな。雨が降るかもしれない……そろそろ送ろう」
「折角のお天気だったのに、残念ですね」
「仕方ない……。いくらでも会う時間はあるんだ。ルーシェが雨に濡れて風邪をひいては困る」

キアトがそう言うなり、椅子から立ち上がる。
キアトが立ち上がると周りにいた使用人達が素早く馬車の用意や片付けをし始める。

その様子を見ながら、ルーシェは先程キアトに言われた言葉を幸せそうにじーんと噛み締める。

(風邪をひいたら困るって、私の名前を心配そうに呟きながら、困るって……!)

むずむずと嬉しさでルーシェは自分の口元が震えてしまうのを誤魔化す為にハンカチを口元に当てる。

婚約者として、相手の事を気遣うのは当たり前の事ではあるがその気遣いがとてもこそばゆく、また幸せでルーシェはキアトに向かって微笑むと頷く。

「そうですね。またお手紙を出しますので次のお茶の日にちを決めましょう」
「ああ。そうしよう」

こくり、と頷くキアトに促され共に馬車まで歩いて行く。

馬車に乗る時にすっとキアトから手のひらが差し出され、ルーシェは頬を染めながら礼を述べると馬車に乗り込んだ。
唯一触れ合える事が出来る、このエスコートの時間がルーシェはとても好きだ。



まだ成人前のルーシェは、キアトと夜会等に参加した事は無くダンスを踊った事も無い。
伯爵令嬢として参加する時は身内の男性としかダンスを踊らない為、こうして馬車に乗る時に僅かに触れ合う事しか出来ない。
そうして、ルーシェと触れ合った時に頬を染めて恥ずかしそうに視線を外すキアトの表情が、年上の男性なのに可愛く見えてしまって、その表情を見る事が出来るのが自分だけなのだ、と言う事が知れてルーシェはとても幸せな気持ちになる。

共に馬車に乗り込み、ハビリオン伯爵家に戻る道中、ルーシェとキアトはお茶の時間と同じく、ぽつぽつと会話を続けながら過ごした。








そして、キアトに送り届けてもらった翌日。
送ってもらったお礼と、次のお茶の日取りを決める為にルーシェはキアトに手紙を送ったが、いつもは数日で戻ってくる手紙の返事が、何日経っても来る事はなかった。
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