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最終話
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そうして、バジュラドの処刑が済むと国王バルハルムドが国民達の前に姿を表し、バジュラドと同じく国を売った貴族達の家名を告げ始める。
バルハルムドに名を呼ばれた貴族達は、既に捕らえられていたのだろう。
手枷を嵌められ、貴族と言うには些かみすぼらしい姿で国民達の前へと引き摺り出される。
国民達の口から売国奴、粛清しろ、と野次が飛ぶ。
国民達の前に姿を表した貴族達は怯える者、怒り暴言を吐く者、沈痛な面持ちで黙り込む者等様々で、リスティアナは眉を顰めた。
長いような、だが実際は短いであろう裁きの時が終えると国民達はバルハルムドから語られた国を襲った危機にざわざわとざわめきを残しながら一人また一人とその場を去って行き、傍聴席に居たリスティアナ達貴族もまた腰を上げて去って行く。
「──リスティアナ、貴女学園はいつから戻るの?」
帰り際、リスティアナの友人であるコリーナがリスティアナとリオルドに視線を向けて声を掛けてくる。
「……そうね、お父様と相談するけれど……なるべく早めに学園に戻りたいわね」
「──そう」
コリーナはゆったりと嬉しそうに瞳を細めた。
「なら、早く戻って来て頂戴。貴女が居ないとつまらないから。……アイリーン嬢と、ティファ嬢と待ってるわよ。……ああ、勿論スノーケア卿、貴方も待ってるから」
「ありがとう、コリーナ」
「ええ、直ぐに戻りますよ」
コリーナの言葉に、リスティアナとリオルドは嬉しそうに瞳を細めると「また学園で」と挨拶を交わし、別れた。
◇◆◇
アロースタリーズ国を襲った、一連の事件が収束に向かい、リスティアナは久しぶりに学園の制服に袖を通した。
「──リスティアナ、本当にもう学園に戻るのか?」
王城の、腕の良い王宮医に足を診て貰ったオースティンは、義足を付けて杖を使用すれば自力で歩く事が出来るようになるまで回復した。
歩けるようになるまでに数ヶ月の時間を要してしまったが、王都に戻って来たばかりの頃、血の気が引き弱々しくなってしまっていた父親オースティンの姿はもう何処にも無い。
今では以前のように侯爵としての仕事に復帰して国王、バルハルムドの腹心として国内の貴族達の監視の目を担い、先日ウルム国へ向かった兄、オルファが国外に追放され、ウルム国に落ち延びた貴族達を監視する。
暫くしたら、ウムル国でオルファの婚姻式もあるだろう。
それには参加出来ないかもしれない、と話していたオースティンだが今の状態を見れば問題無くウルム国へと向かう事も出来そうでリスティアナはオースティンの言葉ににっこりと笑顔を浮かべて言葉を返す。
「ええ、お父様。これ以上お休みしていては授業に追い付けなくなってしまいますし」
「それは大丈夫だろう。邸でしっかりと講師を呼んで学んでいたし」
「ええ、ですが。……友人達も待っていて下さるので、登園致しますわ」
「──……わかった。大丈夫だと思うが、変な輩が居たら直ぐに私に報告するんだぞ」
「ふふ……っ、かしこまりましたお父様」
リスティアナの元には、一連の騒ぎの後、王太子であるヴィルジールとの婚約が解消された事で婚約の申し出が次から次へと舞い込んで来ていた。
すげ無く断ってはいるが、学園でリスティアナに接触して来る者もまだ居るだろう。
オースティンは、リスティアナの背後に視線を向けると、唇を開く。
「──リオルド……! 学園内ではリオルドがしっかりとリスティアナを見てやっていてくれ……!」
オースティンが視線を向けた先。
そこには、リオルド・スノーケアがリスティアナと同じように久しぶりに学園の制服に身を包み、廊下を歩いて来ていた。
「ええ、勿論ですよ侯爵様。……いえ、お義父様とお呼びした方が良いですか?」
「あー……やめろやめろ。まだそんな呼び方をされたくは無い」
リオルドは楽しそうに笑うと、待っていてくれていたリスティアナの手を取り、「では行ってきます」と声を上げて見送るオースティンや、邸の使用人達に手を上げて邸を後にする。
あれから。
リオルドは、リスティアナの婚約者になると同時に、メイブルム侯爵家を継ぐ為にメイブルム侯爵家に生活の基盤を移し、昼夜当主のオースティンから指導を受けている。
リオルドは兄、マーベルをマーベルの側から支え助けるのでは無く、離れた場所ではあるが王都で、中央貴族としてタナトス領を以前のような危機に陥らせないようにオースティンから日々様々な事を学んでいる。
リスティアナは、共に同じ邸で過ごしながらもあまり一緒に居る事が出来なかったリオルドが、オースティンから様々な事を学ぶようになり、頼もしく成長している事を目の当たりにして、握られた自分の手のひらにそっと視線を落とす。
「……リスティアナ?」
リオルドが、きょとんと瞳を開きリスティアナの顔を覗き込む。
共にメイブルム侯爵邸で過ごすようになり、リオルドはリスティアナの事を甘い声音で「リスティアナ」と呼ぶようになり、そして敬語も無くなった。
どうしたの? とでも言うようにリスティアナの手をきゅう、と握り締めてくるリオルドにリスティアナは照れ笑いを浮かべながらリオルドに向かって言葉を返す。
「いいえ、なんでもないですわ……。ただ……リオルド様と婚約した事を内外に発表していないので……」
「──ああ……。断っても断ってもリスティアナに婚約の申し込みをしてくる男が減らないな……」
リスティアナの言葉に、リオルドは「面白く無い」と言うように剣呑な色を瞳に乗せてむすっ、と表情を顰める。
「リスティアナ。学園でリスティアナにしつこく話し掛けてくる男が居たら言って。──叩きのめさないと……」
リオルドの最後の方の言葉はぼそり、と呟かれた為リスティアナの耳には届かなかったが、リスティアナは幸せそうにリオルドに体を寄せると「はい」と明るく返事をした。
二人は、揃って馬車に乗り込むと久しぶりに学園へと向かう。
同じ馬車から降りて来る二人を学園生達が見れば自ずと分かるだろう。
リスティアナ・メイブルムとリオルド・スノーケアが婚約した、と言う事が。
数ヶ月前、愛していた人から婚約を解消して欲しいと告げられ、またその理由を聞いてリスティアナは失意の底に落とされたが、そこからまた手を差し伸べられ掬い上げてくれる人が現れるとは思わなかった。
想い、想われると言うのはこんなにも幸せな事なのだと言う事を知り、リスティアナは今日も明日も、それからこれから先もきっとリオルドへ想いを募らせ、またリオルドからも同じだけ想いを返される。
こんなに幸せでいいのかしら、とリスティアナは馬車の中で幸せそうにリオルドに寄り添ったのだった。
─終─
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