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しおりを挟む「お、お勉強……、?」
「ええ。お勉強。国を背負う王族としての、ね……?」
ふふ、と瞳を細め妖艶に微笑むティシアにヴィルジールは悪寒を感じてじり、と後退りする。
ヴィルジールが後退すると一歩一歩ティシアが足を踏み出して、ヴィルジールを壁際へと追い詰める。
トン、とヴィルジールの背中が地下通路のじめっとした壁にと当たり、うろ、とヴィルジールは視線を彷徨わせる。
「ヴィルジール殿が手を出した子爵家の令嬢。懐妊を偽ったのよね? 王族を謀った罪を国王バルハルムド殿はヴィルジール殿に処理をお願いした筈だけれど……おかしいわね?」
ティシアは自分の口元に手を当てて小首を傾げる。
「何故、まだあの子爵令嬢は生きているのかしら? まさか、私と言う妃が出来ると言うのに、地下で囲うつもりかしら? 嫌だわ。私、自分以外に愛する女性が居る夫は許す事が出来ないの。自分以外の女性が夫の愛情を得る為に同じ敷地内に居るだなんて許せないわ」
「──ち、違っ、私はナタリアを愛してなど……っ」
「あら……? じゃあ何故命を落としていないのかしら? バルハルムド殿はマロー子爵家には嫡子のみしか子供は居ない、と言っていたわよ? 存在してはいけない人間が何故まだ生きながらえているの? バルハルムド殿の言葉には従わなくては……そうでしょう?」
にっこりと笑いながらそう告げるティシアに、ヴィルジールは顔色を益々悪くさせていく。
──何故、ナタリアの命を奪っていない事がバレたのか。
ヴィルジールが必死に頭の中で言い訳を考えていると、ティシアが背後に居た護衛騎士達に向かって何か手で合図を送った。
瞬間、後ろに居た護衛達が動き出し、地下牢のある方向へと歩き始めた。
「──っ、何を……っ! ティシア殿っ、何をなさるつもりか……っ!」
「夫の愛人には消えて頂かないといけないでしょう? 大丈夫よ。ヴィルジール殿はアロースタリーズ国でバルハルムドを除けば最後の王族だから、命は取られないわ。良かったわね?」
それも子供が生まれるまでだけど。とティシアは心の中で呟くとヴィルジールの腕を存外強い力で引くと、この場にもう用は無いとでも言うように引っ張って出口へと歩いて行く。
ナタリア・マローは存在しない人間だ。
このアロースタリーズから、生きた証も他者との思い出も何もかもが消え去る。
始めから存在しない人間として扱われるのだ。
それも、愚かな行動を起こしてしまった王太子によって自分が生きた全ての記録も、証も、思い出も消滅する。
(まあ──……自業自得でもあるけれどね)
ティシアは、ヴィルジールの腕を引きながらこれから先、このアロースタリーズで自分が王妃となった時の事を色々と考える。
まだまだ先にはなるだろうが、バルハルムドが天寿を全うした際にはこの自分の後ろを着いて来る頼りない男がアロースタリーズの王となる。
そして、自分は王妃となるのだ。
その時までにはメイブルム侯爵家のような貴族が今より増えていればいいが、と考えながらティシアとヴィルジールは暗い地下牢の通路から地上へと出たのであった。
◇◆◇
片足を失った。
その言葉を聞いた瞬間、リスティアナは自分の足から力が抜けるようにかくん、と崩れ落ちそうになった。が、隣に居たリオルドが慌ててリスティアナの体を支える。
「──リスティアナ嬢……っ、」
「メイブルム侯爵令嬢、大丈夫か」
自分を心配し、声を掛けてくれるリオルドとマーベルに向かってリスティアナは何とか気丈に言葉を返すと、リオルドの体に支えてもらいながら何とかもう一度自分の足に力を込めてしっかりと両足で立つ。
「も、申し訳ございません。大丈夫ですわ。……少し、驚いただけですので……」
大丈夫、とは言えないような顔色をしているリスティアナをマーベルは心配して、一先ず客間へとリスティアナとリオルドを通した。
「ここは、此度の戦闘で軍議に使用していた部屋だから怪我人達には解放していない。この場で少し腰を落ち着かせて話をしようか」
マーベルは、階段を上がり二階にある客間の扉を開けると中へと入って行く。
既に室内にはウルム国の軍隊長であるルカスヴェタも通されており、リスティアナとリオルドの姿を見るとひょい、と片手を上げた。
「お二方も来られたか」
「軍隊長殿もご無事で良かったです」
リスティアナはルカスヴェタに声を掛けると、マーベルに案内されるままソファに腰を下ろした。
マーベルは、皆が座った事を確認すると今回のタナトス領で起こった戦闘と、帝国軍の初動についてや、王兄バジュラドについての報告を国王陛下へと上げる内容を説明してくれた。
帝国軍は、始め国境付近で布陣していたが「何か」を待っているように直ぐには攻め入って来る事はせず、布陣してから五日程経ってから攻め入って来た事。
王兄はやはり帝国軍と通じており、アロースタリーズの国土を半分やると言う条件を元に、タナトス領を攻め落とした後は王都に侵攻し、帝国軍の手助けを得て王族を始末し、自らが国王へとなるつもりだったらしい。
アロースタリーズから奪った国土は帝国と、隣国で貢献した割合によって国土を分割し、得る予定だった事。
そして恐らく、帝国は王兄が玉座に着いた後にそのまま攻め入り王都までを陥落させ、アロースタリーズ国その物を得ようとしていた事などが説明された。
「──帝国と、隣国の捕虜から得た情報なので……まあ間違い無いだろう。……末端の兵士では無く、分隊長や指揮官の言葉だ」
リスティアナとリオルドは、本当にあと少しの所で自分達の国が滅ぼされる手前だったのだ、と言う事実にぞっとした。
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