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しおりを挟むスノーケア辺境伯邸に足を踏み入れたリスティアナは、目の前に広がる惨状に目を見開いた。
広々とした玄関ホールには領民が所狭しと体を寄せ合い、軽傷の怪我人も玄関ホールで手当をしているのだろう。
邸の使用人達や、辺境伯の兵士達がバタバタと忙しなく動き回っている。
「──重症の者達は客間やサロン等に簡易的に個別ベッドを作成し、そこで療養をしています。……戦死者も、これで無事弔う事が出来るようになりました」
「──っ」
この光景を見て、リスティアナは改めてこの国は「戦争」をしていたのだ、と深く実感する。
このような事態に陥ってしまった事に、どうしようもないやるせなさを感じてリスティアナが唇をぎゅっ、と噛み締めるとその様子を見ていたリオルドがふっ、と瞳を細めてリスティアナに唇を開いた。
「我がタナトス領民の為に、そのように心を痛めて下さりありがとうございます。死して行った者達も、リスティアナ嬢にそのように想って頂ければ報われる物があると言うものです」
「私には……っ、悔いる事しか出来なくて……本当に申し訳ございません……っ」
「とんでもない……! 我が事のように胸を痛めて下さるだけで私達タナトス領の者達は救われますから」
「──その通りだ」
玄関ホールを抜けて、領民達の姿が無くなった廊下でリスティアナとリオルドが小さく言葉を交わしていると、廊下の奥から低く威厳に溢れる声が聞こえて来て、リスティアナはがばりと俯いていた顔を上げた。
「──兄上」
「リオルド、無事で良かった。そして、メイブルム侯爵家のご令嬢、リスティアナ嬢。この度はお父上、メイブムル侯爵のご助力によりタナトス領は窮地に陥るも、壊滅は免れた……。本当に助けられた、ありがとう」
リオルドと良く似た顔立ちだが、リオルドよりも体躯がガッチリとしていて、リオルドの白銀の髪色より濃い髪色をしている。
身長もリオルドより頭半分程高く、だがその顔立ちはリオルドと同じようにとても整っている。
現、タナトス領当主、マーベル・スノーケアに頭を下げられて感謝の言葉を述べられ、リスティアナは慌てて顔を上げるようにマーベルに声を掛けた。
「と、とんでもございませんわ……! スノーケア辺境伯、お顔を上げて下さいませ……!」
「いや……、本当にメイブルム侯爵がいち早く気付いてくれなければタナトス領の被害はもっと大きく膨れ上がっていた可能性がある。本当に、申し訳無いことをした……あのような事になり、残念だ……」
「──え、?」
マーベルの言葉に、リスティアナは瞳を見開く。
「残念だ」とはどう言う意味だろうか。
確かに、オースティンは大怪我を負ってしまってはいるが、命に別状は無いと聞いている。
どくり、どくりと嫌な予感がせり上って来て、リスティアナは震える自分の手のひらをぎゅうっ、と握り締める。
手を繋いでいたリオルドが、リスティアナの不安と緊張に気付いたのだろう。
リオルドも、リスティアナの手を優しくだが力強く握り返してくれる。
「──そうか、気付いていなかったか……」
「父の体に何か……、? 教えて頂いてよろしいでしょうか?」
リスティアナの言葉に、マーベルはちらり、とリスティアナに視線を向け「いいのか?」と問うような視線を向ける。
その視線を受けて、リスティアナは覚悟を決めたようにしっかりとマーベルに視線を合わすと小さくこくり、と頷いた。
「──……メイブルム侯爵は、敵方の奇襲に合い……片足を失っている……」
◇◆◇
真っ暗な通路を、ヴィルジールは顔色を真っ白にさせながら震える足で何とか一歩、一歩床を踏みしめると出口へと進んで行く。
「仕方なかった、……仕方無かったんだ……っ、ああする他無かった……」
自分の考えは、甘いだろうか。
だが、一度は気持ちを交わし合った仲だ。
身知った人間の顔を見てしまえば、どうしても気持ちが揺らぐ。
「平和、だったのに……っ! この国は、平和で……っ、争い事が無くて……っ、リスティアナと結婚して……っ、ナタリアの子をリスティアナと共に育てられれば……っ、それだけで良かったのに……っ」
リスティアナを手放してしまって痛感した。
あれだけ、自分を想い愛してくれていたのに何故自分はリスティアナを裏切るような真似をしてしまったのだろうか。
何故、あの時一時の感情に流され愚かな事を仕出かしてしまったのか。
リスティアナは、誰よりも王太子妃となるに相応しい人間だ。
頭も切れ、王太子妃として各国の人間と相対してもアロースタリーズ国の王太子妃として恥ずかしく無い教養も、礼儀も備えた得難い女性だ。
「リ、リスティアナも……っ、きっと分かってくれる……っ、私がっ、私を愛していたリスティアナならば分かってくれる筈だ……っ」
暗くじめっとした長い通路を歩きながら、ヴィルジールがぶつぶつと呟いていると、前方からふいに女性の声が響いた。
「"こうなる"事を国王は見越していたのかもしれないのね……。残念だ、ヴィルジール殿。本当に残念だよ、王族として自らの不始末を自らの手で終わらせられないとは……これは今後はしっかりと私の手でお勉強が必要ね?」
俯いていたヴィルジールは、存外近くから響いた女性の声に弾かれたように顔を上げる。
目の前に居たのは、ウルム国の第三王女であるティシアで。
二人の護衛を連れて、ヴィルジールが歩いて来ていた先──。
奥には貴族牢がある方向を瞳を細めて見詰めた。
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