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しおりを挟むタナトス領、スノーケア辺境伯の邸へと行軍を開始して数時間。
騎馬と合流したリオルドは、リスティアナを追軍の後方支援部隊の中に居るスノーケアの兵達に頼み馬で駆けて行った。
その後ろ姿を心配そうに見詰めるリスティアナに、スノーケアの兵が「心配ございませんよ」と声を掛けてくれる。
「辺境伯の弟君であられるリオルド様は、実戦経験は無いとは言え、学園に入るまでは兄君であられるご当主様の指揮の元、スノーケア辺境軍で日々研鑽を積んでおりましたし、武術や剣術、馬術の腕もとても優れております。屈強なウルム国の味方も多くおりますので、きっとご無事でしょう」
「──ありがとう、ございます。そうですわね……、スノーケア卿の武の強さは学園内でも噂の的でしたもの……」
アロースタリーズ国では王都に近い場所で暮らす中央貴族の多くは戦を知らぬまま一生を過ごす事が多い。
その為、万が一の時に備え年に一度大規模な模擬戦闘訓練が行われる。その戦闘訓練に参加出来るのは学園の最終学年、十八になってからなのだが、リオルドは元々はタナトス領の者だ。
中央の貴族達よりも早く戦闘訓練に参加していたっておかしくない。
寧ろタナトス領を守るスノーケア辺境軍の元で日々研鑽を積んでいたのであれば、年に一度程度の戦闘訓練に参加する事よりも学ぶ事が多かっただろう。
リスティアナが「どうか無事で」と心の中で願い、前方へと視線を向ける先で大きな土埃が上がり始めた。
ウルム国のルカスヴェタ率いる追軍と、敵方の帝国軍が戦闘を開始した。
午前中の早い時間帯に両軍がぶつかり、どれ程時間が経っただろうか。
時が経つのが遅いかもしれない、と考えていたリスティアナの思いとは裏腹に、リスティアナが居る後方の部隊も慌ただしく時間が過ぎて行く。
戦場よりは距離が離れているとは言え、ピリピリとした戦場の緊迫した空気や、戦闘の喧騒が風に乗ってリスティアナの居る場所まで伝わって来る。
様々な情報が後方部隊にもたらされ、ウルム国の軍師の元へと次々と前線にいた兵士が情報を届け、そしてまた戻って行く。
リスティアナを守るスノーケアの兵士達の元へもウルム国の軍師は情報を共有してくれて、時間が経つにつれて増えて行く負傷者の怪我の手当をリスティアナも手伝うようになる。
「メイブルム嬢、申し訳ございませんが清潔な布を……っ!」
「はっ、はい! すぐに持って行きます!」
バタバタとリスティアナも、スノーケアの兵士達も慌ただしく後方の陣の中を走り回り、気付けば日はだいぶ西に傾き始めている。
リスティアナは、土埃や汗に濡れ汚れた服のままふと沈む太陽に視線を向ける。
「──もう、日が沈む……」
あっという間に時間が過ぎていく中、リスティアナはリオルドは今何処で戦っているのだろうか、無事だろうか、怪我はしていないだろうか、と不安になってしまう。
だが、ウルム国の軍師からはそう言った情報は入っては来ていない。
多くは無いが、死傷者も出てきている。
リスティアナの元へは極力、そう言った情報が耳に入らないように配慮してくれているようだが、伏せてもらっていても、味方の者達の表情や、雰囲気から察せれてしまう。
「アロースタリーズの為に、ウルム国の方も命を落としている……。国として、その恩義に報いなければならない……」
父親であるオースティンが療養するあの砦に居たままでは気付けなかっただろう。学べなかっただろう。
アロースタリーズ国のメイブルム侯爵家の者として、この追軍に参加せよ、と言ったオースティンはリスティアナ自身に学ばせたかったのだろうか。
国と国が手を取り同盟を結ぶと言う意味。
国が内部から蝕まれればこうした事態を招く可能性があると言う事。
様々な思惑が行き着く先にはこうした国の危機が訪れる、と言う事。
「アロースタリーズは、ウルム国に返せぬ程の大恩が出来たわね」
一体、いつ頃からこの国の国王陛下はこのような未来を予想して、ウルム国の王女殿下と連絡を取り合っていたのだろうか。
一体、オースティンはいつこの事態に気付き、動き出したのだろうか。
「これから先、ウルム国との関係はどうなるのかしら……」
ヴィルジールは、ウルム国の王女殿下ティシアを伴侶として迎えるだろう。
いくら本人がそれを拒んでいてもアロースタリーズは断われる立場では無いし、国王陛下もそれを望んでいる。
これから先、アロースタリーズ国はどうなって行くのだろうか、とリスティアナが考えていると前線から勝鬨の声が上がった──。
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