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しおりを挟むルカスヴェタの言葉を聞き、リオルドはリスティアナを伴い急ぎ足で部屋を出る。
恐らく、ルカスヴェタの口振りからして王兄であるバジュラドの口を割らせるつもりだろう。
その様子を、流石にリスティアナに見せる事も聞かせる事も出来ない。
「ス、スノーケア卿……っ、少し早いです……っ」
「……っ、! も、申し訳ないリスティアナ嬢……っ!」
リオルドは無意識にリスティアナの手を握り、ぐいぐいと足早に先程まで自分達が居た部屋から遠ざかっていたが、身長の高いリオルドと女性であるリスティアナの歩幅は違う。
あのような王兄の視線からリスティアナを遠ざけたくて、あの部屋で行われる事からリスティアナを遠ざけてしまいたくて無意識の内に早歩きになってしまっていた自分にリオルドは心の中で叱責する。
「──気を使って下さり、ありがとうございます。ですが、私も軍隊長殿がなさろうとしている事は……、分かりますわ……。そのような場所から遠ざけようとして下さりありがとうございます」
リスティアナは眉を下げて笑うと、リオルドに繋がれた手に力を込めてきゅっ、と握り返す。
リオルドも何とも言えない複雑な表情を浮かべるとリスティアナの手を握り返して、最上階へと足を向けた。
砦の最上階は、見張りが出来るよう周囲を見渡せるような造りになっている。
リスティアナとリオルドは手を繋いだまま最上階へと出て来ると、見張り役の者達に軽く声を掛けながら砦の最上階からお互い無言で目の前に広がるタナトス領へと視線を向ける。
上空には鷹のミーガンが旋回しており、リオルドの姿を見付けると高く鳴いた。
「──あちらの方向に、スノーケア当主の過ごす居城があります」
リオルドは、リスティアナと繋いでいない方の手で指し示すとリスティアナはリオルドの指先が示す方向へと視線を向ける。
「他国との国境の地であるタナトス領を守る当主の居城なので、堅牢な……まるで要塞と呼べるような造りにはなっているのですが、居城は無事でも……領民に被害が及んでいないといいのですが……」
「スノーケア辺境伯は状況判断にとても優れていらっしゃる方で、戦もお強いとお聞きします。……ですからきっと、異変を感じた段階で領民を居城へと避難させて居ますわ」
リオルドを慰めるような気持ちで告げたのでは無く、リスティアナは本当に心からそう思っているのだろう。
気遣うでも無く、淡々と事実を告げるようなリスティアナのその言葉に、リオルドは自然と笑顔を浮かべる。
気遣いから出た言葉では無く、ただ純粋に、本当にそうである、と信じているリスティアナの言葉が真っ直ぐにリオルドの心に刺さる。
その言葉がどれほどリオルドの気持ちに寄り添い、不安だった気持ちを強く持たせてくれるのかを、リスティアナは全く気付いていない。
「──それに、お父様は辺境伯のご無事を確認している、と言っておりましたから……。先程スノーケア卿が仰っていた居城の方面からここから見る限り、戦が起きているような砂埃も、戦火も上がっておりませんわ」
「ええ、そうですね」
リオルドがリスティアナの手をぎゅう、と握るとリスティアナはリオルドに視線を向けて微笑みながら握り返してくれる。
二人が暫くその場でぽつりぽつりと話していると、階下からリスティアナとリオルドを呼ぶ声が聞こえた。
王兄であるバジュラドから、全ての情報を得た、との報告であった。
リスティアナとリオルドは、ルカスヴェタの報告を聞き、急いで戻ると着替えを終えたのだろう。
ルカスヴェタが二人に向かってスノーケア辺境伯の居城の現状について説明をしてくれる。
「スノーケア辺境伯の居城は、五つの軍隊から包囲されてはいるものの、居城の跳ね橋は全て無事らしいです。辺境伯は奇襲と撤退を交互に行いながら少ない軍勢で長期戦に持ち込んでいて、戦死者もそこまで多くないようで……。異変を感じた際に半分の軍勢を国境に向かわせ、入ってきた敵勢力を分断して逆に閉じ込め、国境の守りを堅牢にしたそうで……いやはや、流石タナトス領を守る方です……お強い」
「……っ、! 本当ですか……っ、」
ルカスヴェタの言葉に、リオルドはほっとしたように表情を綻ばせる。
「我々が姿を見せれば辺境伯の軍勢が呼応して下さるでしょう。退路が絶たれている敵軍勢は前にも、後ろにも退がれぬと知れば士気も落ちますので一気に叩いてしまいましょう」
にっこりと笑顔を浮かべるルカスヴェタに、リオルドも頷き返すとリオルドは今回の進軍に加わる事になる。
スノーケア家のリオルドが姿を見せれば、味方の兵士達も士気が上がる。相手の士気を落とし、味方を上げて短時間で全てを終わらせる事を優先したルカスヴェタのその考えにリオルドはルカスヴェタと出会い、その戦術に触れる事が出来た事に深く感謝した。
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