【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船

文字の大きさ
上 下
64 / 78

64

しおりを挟む

 リスティアナ達が入城した砦内、各々に割り当てられた部屋でリスティアナは休むでも無く、オースティンが療養している部屋でじっとオースティンの傍に控えていた。
 オースティンは傷の深さからか、リスティアナ達と話を終えた後熱を出し、今は眠っている。
 父親の弱々しい姿に、リスティアナは自分の唇を悔しさで噛みながらどうしようも無い感情を押し込めるように拳を握り締めていた。

 じっとリスティアナがオースティンの部屋で過ごしていると、控え目に部屋の扉がノックされる音にハッとする。

「──どなたでしょうか」 

 リスティアナは声を潜めてそう返事を返す。
 時刻は夕食を終えてから大分時間が経っている。明朝、敵方の砦に攻撃を仕掛ける為、参戦する者達は早めに体を休めている筈だ、と訝し気に返事を返すと扉の向こうからはリオルドの安心したような声音が聞こえて来た。

「──良かった、リスティアナ嬢。こちらにいらっしゃいましたか」
「スノーケア卿?」

 リオルドの声に、リスティアナは急いで扉まで向かうと音を立てぬよう気を付けながら扉を開き、廊下へと出る。

 廊下にはまだ休みやすい格好に着替えていないリオルドが居て、長剣を携えている。

「──リスティアナ嬢のお部屋に伺ったら……お返事が無かったので……」
「まあ……っ、申し訳ございません。父の具合を確認しに来ておりました……。もう戻りますわ」
「でしたら、お部屋までお送りしますよ」
「ありがとうございます」

 リスティアナとリオルドはぽつりぽつりと言葉を交わしながら廊下を歩き、部屋へと戻って行く。

 追軍の多くの兵士達は砦の外で天幕を張り、夜襲等に備えて野営をしており、指揮官級の者達はルカスヴェタの部屋へと集まり、明日の戦術について話し合っているらしく、リスティアナとリオルドの部屋がある付近には人の気配が少ない。
 最低限、見張りの兵士達はいるがリスティアナが部屋に居ない、と言う事を知りリオルドは自分の心臓がバクバクと嫌な鼓動を刻むのを感じたが、直ぐにオースティンの部屋へとやって来て、リスティアナの無事を確認した事でほっと肩の力が抜ける。

「少し前までは、王都の学園に通い……のんびりと過ごしていたのに……今ではそれが嘘のようですね」

 リオルドの言葉に、リスティアナも苦笑してしまう。

「ええ、そうですわね……。卒業パーティーや、ナタリア嬢の事で頭を悩ませていた時が懐かしく感じてしまう程ですわ」
「まさか、タナトス領が危機に陥っているとは……メイブルム侯爵様がこの地へ来て、色々と調べ我々に有益な情報を得て下さっていなければ……、と考えるとゾッとします……。王都で何気なく過ごしていたらタナトス領が落とされ、アロースタリーズ国は帝国に落とされてしまっていた可能性がありますからね……」
「ええ、本当にそうですわ。……まさか、ナタリア嬢の一件も、侯爵家を襲った事件も、全てこの時の為に布石を打っていたと言うのであれば……」
「我々はウルム国と同盟を結んでいなければ、アロースタリーズは滅んでいた可能性がありますしね……」

 言葉にして、改めてその言葉の意味の重さに二人はぐっと言葉を飲み込む。

 ただ、何も考えず王都で暮らしていたら今頃は王都内は大きな混乱に陥っていた可能性がある。
 敵国から攻め入られ、アロースタリーズの領土が敵国に落ち、その混乱が王都へと流れて来ていても不思議では無かった。



 暫し歩くと、リスティアナの部屋へと到着し、二人は扉の前で足を止めると視線を合わせて暫し見詰め合う。

「──……、リスティアナ嬢、また明日……。日が昇る前に砦を発つ事になると思いますので、早く体を休めて下さいね」
「はい。スノーケア卿も。送って下さりありがとうございました。……早くスノーケア卿のお兄様に会いに行きましょうね」

 ふわり、と笑顔を浮かべるリスティアナに、リオルドと笑顔を返すと「それでは」とリスティアナに声を掛けて振り返ると、自分の部屋の方向へと歩いて行く。
 リオルドの後ろ姿を見ながら、リスティアナは以前のように話せたかしら、と考えつつ自室の扉を開けて室内へと入った。

 世が明ける前には、この砦を発つ。
 今は少しでも休息を取らねば、とリスティアナとリオルドは早めに床に着いた。



 翌日。夜明け前。
 リスティアナは、多くの人が行動を開始している気配にぱちり、と瞳を開くとベッドから起き上がり、足を下ろして寝巻きを脱ぎ着替え始める。

 寝起きと言うのに驚く程頭の中はすっきりとしていて、リスティアナが出立の準備をしていると、扉が控え目にノックされた。

「リスティアナ嬢、私です。リオルド・スノーケアです。起きていらっしゃいますか?」
「スノーケア卿、起きてますわ。入って頂いて大丈夫です」

 リスティアナは自分の長い髪の毛を頭の高い位置で纏めると髪紐で括る。
 髪の毛を纏め終わるのと、リオルドが扉を躊躇いがちに開けるのが同時で、リスティアナが纏めた髪の毛を背中に払うと、リオルドに顔を向けた。

「おはようございます、スノーケア卿。出立ですか?」

 しっかりと出立の準備が終わっているリスティアナに、リオルドは僅かに驚きながら「ええ」と頷いた。
 ルカスヴェタから頼まれたのだろうか。リオルド自身も出立の支度は終わっているようで、リスティアナの部屋を訪ね、リスティアナが起きていなければ起こすように頼まれたのだろう。
 だが、リスティアナが既に起床しており、支度も全て終えていた事に驚いているようだった。

「──ふふ、私の準備が出来ていない、と言う理由で出立が遅れてしまってはご迷惑を掛けてしまいますもの。もう、いつでも出られますわ」
「驚きました……もう起きられているとは……。まだ私達が出立するには、少し時間がありますから、ゆっくり下へと向かいましょうか。……メイブルム侯爵様の元へお顔を出しに伺いますか?」

 リオルドの言葉に、リスティアナは部屋に置いていた自分の荷物を持ち上げると「いいえ」と断る。

「お父様はきっと"早く行け"と言いますわ。ですので、そのまま下へ向かいましょう」

 笑顔を浮かべるリスティアナに、リオルドも笑い返すとリスティアナの荷物をひょい、と奪い二人並んで下へと向かった。



 リスティアナとリオルドが下に到着し、砦の外へ出ると、ルカスヴェタが指揮を執る軍勢は既に隊列が組み終わっており、今まさに出立する寸前であった。

「──リスティアナ・メイブルム嬢、リオルド・スノーケア卿! 我々はこれより砦二箇所を同時攻撃致します……! お二人が到着する頃には砦の奪還は済んでおりましょう、焦らずゆっくりと来られよ!」

 力強くルカスヴェタが二人にそう言葉を掛けると、馬の腹を蹴り二つの軍勢を率いて走り出した。
しおりを挟む
感想 236

あなたにおすすめの小説

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

処理中です...