62 / 78
62
しおりを挟む追軍が進み始めてどれくらい時間が経った頃合だろうか。
先頭付近に入っていたリオルドが視線の先にタナトス領の簡素な砦の姿を見付けて軍隊長であるルカスヴェタへと声を上げた。
「──軍隊長殿……! 砦が見えて参りました、不用意に軍で近付くと攻撃を受ける可能性がございます、この先は私と、リスティアナ嬢、それと軍隊長殿と数名で向かった方が宜しいかと!」
「──承知した……! だが、砦も敵方に落ちていないとは言い難いので、先ずは我々が先頭に……!」
ルカスヴェタの提案に、リオルドは有難く頷くと砦からかなり離れた手前で下馬すると、リスティアナが下馬するのを手助けする。
「──リスティアナ嬢……、?」
「ありがとうございます、スノーケア卿」
何だか、少し前からリスティアナの態度に違和感を覚えていたリオルドであったが、ほんの少し、少しだけリスティアナから距離を取られているような気がするが、このような状況でリスティアナに聞く事でも無いし、リオルドがリスティアナに視線を向ければ以前と変わらず笑顔でお礼を告げてくれる。
違和感は気の所為だろうか、とリオルドは若干首を傾げたがそれ以上リスティアナに踏み込む事が出来ず、リオルドは自分とリスティアナの前方を歩いてくれるルカスヴェタ達数人の軍の者達の後に続き、タナトス領の砦へと向かって行った。
遠目から確認した所、砦はしっかりと機能している事が分かる。
最悪の場合、砦も敵国の手に落ちている可能性があったが最悪な結果とはなっていないようだった。
「軍隊長殿……、砦の上に居るのは我がスノーケア辺境伯の騎士達です……。どうやらこの砦は無事のようです」
「なるほど、それは僥倖です。砦が機能していると言う事は王都方面からいくらでも援軍を送れると言う事ですな……。砦の者に、スノーケア卿が顔見知りの者はいらっしゃいますか?」
「──兄上の側近や、近衛隊でしたら分かるのですが……果たして私が知る者が居るかどうか……」
サクサクと地面の土を踏みしめ、ルカスヴェタが先頭に、リオルドとリスティアナが続き後方からの攻撃や奇襲に備えて後ろに五名程の軍の者が続く。
リスティアナ達が砦に近付くに連れて、砦の上部が些か騒がしくなり、リスティアナ達一行にも緊張が走る。
問答無用で攻撃を仕掛けられないとも言い切れない。
ルカスヴェタとリオルドは緊張に表情を引き締めていると砦の上方から声が響いた。
「──そちらに居らっしゃるのは、スノーケア辺境伯様の弟君、リオルド様では……!? そっ、それに共に居らっしゃる女性はメイブルム侯爵様のご息女であられるリスティアナ嬢では……!?」
体を乗り出して嬉々とした声音で言葉を掛けられ、張り詰めた緊張感の中に居たリオルドとルカスヴェタは些か気が抜けてしまう。
自分の名前が呼ばれたリスティアナは、凛と背を伸ばして一歩前へと歩み寄ると、砦の者に向かって声を返した。
「──仰る通り、私はリスティアナ・メイブルムと申します……! 我が父、オースティン・メイブルムをご存知でしょうか……?」
「ああっ、! やはりそうでしたか……! 侯爵様からお聞きになっていた通り……! リオルド様とご一緒に来られる可能性がある、と伺っておりましたので、直ぐに分かりました……! 直ぐに砦の城門を開けます故、お待ち下さい!」
あっさりとそう告げられ、リスティアナやリオルド、ルカスヴェタは互いに顔を見合わせると苦笑する。
最悪の場合、命を奪われる覚悟すらしていたと言うのに何がどうなっているのか。
ギイイ、と重厚な音を立てながら城門が開く音を聞きながら、ルカスヴェタはリスティアナに向かって笑いながら唇を開いた。
「どうやら、メイブルム侯爵様はこのような事態となるのを見越しておられたようですね。我々がこの砦にやって来るのも把握していたようです。いやはや……我が国の指揮官として迎えたいくらいです」
リスティアナとリオルドが揃ってタナトス領に来る事も、そして追軍であるウルム国の軍と合流して行動する事も、リオルドがこの砦を目指すだろう事もまるで分かっていたかのような準備の良さにルカスヴェタは感心する。
砦に入るのに揉めて時間を無駄にしてしまえば、スノーケア辺境伯家に向かうのにも時間が掛かってしまう。
リオルドがこの場で情報収集をするだろう、と言う事を先読みしてこの砦に予め連絡をしていたのか、それとも本人がこの砦にいるのか。
どちらかは分からないが、砦内部に通されればそれも直ぐに分かるだろう、とルカスヴェタは考えると、争う意思が無い事を相手に示す為、腰に下げていた長剣を外して右手に持ち替えた。
「どうぞこちらへ……! 少し内部は薄暗いのでランプの火をご利用下さい」
「ありがとうございます」
砦内部に居た騎士達や兵士達がリオルドの姿を見て嬉しそうに表情を輝かせ、リスティアナの姿にそわそわと落ち着きなくし出し、ウルム国からの援軍である軍の者達を見て瞳を輝かせている。
「メイブルム侯爵様はこちらに……! お怪我をされていらっしゃるので、この砦にて療養して頂いております」
「──えっ!?」
案内してくれた兵士の言葉に、リスティアナは慌てたような表情を浮かべ、開かれた扉の奥へと急いで足を踏み入れた。
143
お気に入りに追加
4,710
あなたにおすすめの小説

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。


愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】
皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」
お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。
初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。
好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。
******
・感想欄は完結してから開きます。

【完結】さよならのかわりに
たろ
恋愛
大好きな婚約者に最後のプレゼントを用意した。それは婚約解消すること。
だからわたしは悪女になります。
彼を自由にさせてあげたかった。
彼には愛する人と幸せになって欲しかった。
わたくしのことなど忘れて欲しかった。
だってわたくしはもうすぐ死ぬのだから。
さよならのかわりに……

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる