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しおりを挟むバルハルムドの言葉に、ヴィルジールはただ小さく「はい、」と頷く事しか出来ず、リスティアナはヴィルジールに一瞬だけ視線を向けたが直ぐにバルハルムドに視線を戻す。
今の話で、殆どの話が終わったのだろう。
バルハルムドも一息ついて、いつの間にか用意されていた紅茶の入ったカップを持ち上げて口を付けている。
(殿下と、ウルム国の王女殿下の事は特に明言されていないけれど……まあ……王女殿下を後日正式に国賓として迎えると仰っていたし、間違いなく殿下は王女殿下と婚姻関係を持ってアロースタリーズとウルム国の国交を強化される筈ね。……それならば……)
自分は、タナトス領に向かった父親の無事を確かめに行きたい、とリスティアナは考え、バルハルムドに視線を向ける。
リスティアナの視線を受け、何か発言をしたいのだろう、と察したバルハルムドはカップをソーサに戻すと穏やかな声音でリスティアナに声を掛けた。
「リスティアナ・メイブルム嬢。何か話したい事があれば気軽に発言してくれ。ここには、我等しかいないからな」
「お心遣い、まことにありがとうございます──。お言葉に甘えまして……私、自分の父親でもあるメイブルム侯爵の無事を確認する為に、タナトス領へ向かおうと思います」
「──ほう。なるほど」
リスティアナの言葉に、バルハルムドは僅かに瞳を見開くと口元を笑みの形に変えて言葉を続ける。
「だが、あちらの方面は敵国の者が入り込んでいる可能性があり、危険が無いとは言い切れぬ。安全が確保されている王都の邸で報告を待っていた方が安心ではないか?」
「いえ……。確かにタナトス領の方面は危険が無いとは言い難いですが……、ウルム国の王女殿下が追軍させて下さっているとお聞きしましたし、周囲の状況を確認しながら進めば命を落とすような最悪の事態にはならぬと判断しました」
「リ、リスティアナ……! だが、リスティアナがわざわざ危険な場所に行かぬとも……っ」
リスティアナの言葉に、顔色を真っ青にしたヴィルジールがたまらず、と言った様子で言葉を挟んでくる。
ヴィルジールの言葉に一瞬だけバルハルムドは視線を向けたが、ヴィルジールの言葉は無視をして「ふむ」と言葉を零し自分の顎先に手を当てると「分かった」と呟いた。
「それならば、我が国の護衛騎士を複数人付けよう。ああ、それとリオルド・スノーケア卿はタナトス領の出身であるから道にも明るいだろう? リスティアナ・メイブルム嬢の護衛兼案内役でご令嬢をタナトス領まで案内して貰ってもいいか?」
「勿論でございます」
バルハルムドの突然の提案にも関わらず、リオルドは了承の言葉を発するとリスティアナに向かって「宜しくお願いします」と微笑んだ。
「──リ、リスティアナ!」
バルハルムドから許可を貰い、出立の準備をする為早々に部屋を辞したリスティアナとリオルド、妹を見送りに部屋を出たオルファの三人が廊下を歩いていると、後方から焦ったように声を上げ、近付いて来るヴィルジールの姿を見付け、リスティアナは流石にそのまま立ち去る事が出来ず、足を止めてヴィルジールへと振り向いた。
「……殿下、何か御用でしょうか?」
「何か用か、などと……! 私が言いたい事は分かっているだろうに……っ!」
ヴィルジールの言葉に、リスティアナは全く心当たりは無く、不思議そうに首を傾げるとヴィルジールは焦れたように声を荒らげるようにしてリスティアナに言葉を紡いだ。
「長い旅時になると言うのに……! 同じ年頃のスノーケア卿と共に向かうとは……っ、何か問題が起きてしまったらどうするつもりだ……!?」
「──はい?」
ヴィルジールの言葉に、思わずリスティアナは呆気にとられたような声を出してしまうと、慌てて自分の口に手のひらを持っていき口を塞ぐ。
ヴィルジールの発言に呆気にとられたのはリオルドも同じらしく、ポカンと口を開いてしまっている。
その中で唯一オルファだけが冷めた視線をヴィルジールに向けていて、曲がりなりにもヴィルジールはこの国の王太子なのに大丈夫だろうか、とリスティアナが心配をしていると、ヴィルジールは尚も言葉を続けた。
「リスティアナは、もう少し危機感と言うものを持った方がいい……! 同じ年頃の男と共に、長時間行動を共にするなど……っ、何をされても文句は言えないのだぞ……っ。だ、だからリスティアナは私と共に王城で──」
「お言葉ですが殿下」
ヴィルジールがおかしな事を口にするのが耐えられなくなったリスティアナは、不敬だと言われても良い、と思いながら冷たい視線をヴィルジールに向けて突き放すように言葉を紡ぐ。
「──もし、そのような事になったとしても……殿下には一切関係ございませんわ。それに、スノーケア卿に対してとても失礼なお言葉ですわ。……私は、一時の感情でそのような自分の価値を低める事は致しません。万が一、私とスノーケア卿がそのような関係になったとしても、それは私が納得した上で関係を持ちます。軽はずみな行動など致しませんわ」
「──な……っ!」
リスティアナの言葉に、動揺して声を漏らしたのはヴィルジールとリオルドどちらだろうか。
リスティアナの発言に、ヴィルジールは顔色を真っ青にさせて衝撃を受けたように佇み。
リオルドは顔を真っ赤に染め上げて何処か期待するような熱の篭った視線でリスティアナを見詰めた。
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