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しおりを挟む「……先生、この小瓶は……?」
医師は穏やかな笑みを浮かべてナタリアにその小瓶を渡すと、ナタリアは小瓶を反射的に受け取る。
ナタリアがその小瓶を自分の目線の高さまで掲げると、小瓶の中の液体がちゃぷり、と微かな音を立ててゆらゆらと揺れている。
琥珀色のその液体は、蜂蜜のような色味をしておりナタリアは何だなのだろうか? と医師へ視線を向けた。
もう一つの小瓶も同じような瓶の見た目ではあるが、中身の液体は水のように透明だ。
ナタリアが不思議そうに医師へ言葉を掛けると、その医師はナタリアに一歩近付いてそっと耳元で耳打ちした──。
◇◆◇
アロースタリーズ国の南方。
そこは、広い国土が海に面しており海の向こうはウルム国と言う広大な国土を持つ国がある。
比較的、リスティアナ達の暮らすアロースタリーズ国とは友好的で貿易も盛んであり、近年では互いに使節団を送り合ったりして交流を行っている。
その、アロースタリーズの港町。
王都から少しばかり離れた場所に、リスティアナの兄であるオルファは久しぶりに自国に降り立った。
「あ~……っつっかれた~」
「長い船旅だったわね。……オルファ殿、お父様を説得してくれてありがとう。私だけでは上手く事が進んでいなかったかもしれないわ」
「とんでもございません。ティシア殿下がウルム国王陛下を説得して下さったお陰です」
オルファは自分の胸に手を当てて腰を折ると頭を下げる。
オルファの目の前に居るティシア、と呼ばれた女性は「ふふ、」と笑顔を浮かべると真っ青な海を背景に美しく微笑んだ。
「国王陛下も、婚姻関係で同盟を結ぶのに利はある、と頭では分かっているのよね。けれど、説得に時間が掛かってしまって申し訳ないわ。こちらのアロースタリーズ国王陛下にもごめんなさい、と謝罪をしなければならないわね。……それに、貴方のお父上にも」
「──それこそ、我が父には必要ございませんよ。臣下として当然の事をしたまでですから」
「……固い所はオースティン殿と一緒ね。柔軟に考えなくては、オルファ殿ストレスで体を壊しそうだわ」
ウルム国の第三王女──ティシア・ラム・ウルムの言葉にオルファは情けない表情で笑い声を零すと、「さて」と小さく呟き軽い足取りで歩き始めるティシアにオルファは慌てて着いて行く。
「──下半身でしか物を考えられない坊ちゃんを叱りに行かないとね。未来の夫を諌めるのは妻の務めだわ」
にんまり、と瞳を細め、酷薄な笑みを浮かべて笑うティシアに、オルファは引き攣った笑顔を無理矢理浮かべた。
ティシアとオルファが歩き始めると、船から降りて来たティシアの護衛の軍隊がぞろぞろと後を追う。
オルファはちらり、と背後を見やって、また口元を引き攣らせると前方を歩くティシアに置いて行かれないように足を動かした。
ティシア・ラム・ウルムは今年二十四歳になる女性だ。
ウルム国はアロースタリーズの国土の倍程の面積を持ち、北部が海に面しているがそれ以外は他国との国境と面している為、昔から戦が絶えない。
ティシアは王女、と言う立場ながら自らが戦場にも立って軍勢を率いるようなとても勝気で豪胆な女性である。
今回、ティシアがこの国の王族と婚姻関係を結びに来たのも、アロースタリーズ国が現在他国から侵攻されそうになっている為、戦に秀でたティシアを迎え入れる為にアロースタリーズ国とウルム国内で密かに水面下でやり取りが行われたのである。
アロースタリーズはウルム国から軍事力を、ウルム国は背後の憂いを断ち、アロースタリーズ国が倒れなければ自国に難民を抱え込む事も無い。
ウルム国は、アロースタリーズに対して警戒する必要が無くなればそちらに割いていた軍勢を他国へと向ける事が出来る。
そう言ったお互いの利害関係が一致した事と、ティシアが放った「海の向こうの国の戦を勉強したい」と言う一言が決め手になったのだろう。
ようやっと話が纏まり、こうしてオルファは勉学の為にウルム国に滞在していたのだが、突如王女殿下を迎え入れる使節団の代表として国王陛下から勅命が下り、ティシアと共に帰国した。
(あー……後追いで父上の元にウルム国からの軍勢が援軍として向かってるんだよな……初動が早すぎるんだよ、この国の人達は……)
ティシアと共にやって来た軍勢の一群が、既にタナトス領へと向かっている。
これで万が一タナトス領が他国から攻め入られていても、連絡が王都まで届かない、と言ったような事は起きないだろう。
(先行して向かっている父上も、これで命を落とす危険性は無くなったか、良かった……)
「オルファ殿! 例の卒業パーティー会場まではここからどれ程掛かるの?」
「──あっ、それはですね……っ!」
オルファは、急いでティシアの元へと駆け寄った。
リスティアナ達が参加をしている卒業パーティーの二日前。
オルファ達はこの港町へと降り立ち、馬車で二日程掛かる場所にある王都のパーティー会場へと向かったのだった。
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