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しおりを挟む夜になっても、朝になってもオースティンが帰って来る事は無く、リスティアナは心配して邸に残ろうか、と提案してくれるリオルドに「大丈夫だ」と笑顔で帰し、その日一晩中自室で考えた。
「──ウルム、国……お父様が以前口にしたウルム国と、オルファお兄様を呼び戻した事はきっと関係があったのね……。嫌だわ……私はそれにすら気付かずに……。お父様が姿を消したのは、何故……? 国内に入り込んだ敵方にお父様が簡単にやられてしまう可能性は有り得ないわね……」
それならば、何故だろうか、とリスティアナは考え込む。
今、オースティンが、この国の侯爵家当主であるオースティンの姿が消えてしまえば、騒ぎになるだろう。
「問題は、陛下が承知か否かだわ……」
コリーナのフィリモリス侯爵家と、残りの二家の侯爵家に行って来る、と言い残し姿を消したのだ。
他の三家の侯爵家の当主はどうなっているかは分からないが、これでこの国の四大侯爵家の内、二家の侯爵家に大きな事件は起きている。
そして、辺境のスノーケア辺境伯のタナトス領でも同じように良く無い事が起きている可能性がある。
「侯爵家に、辺境伯、ね……」
ナタリアに、こんな大それた事を計画出来るだろうか、とリスティアナは考えてそしてその考えを直ぐに捨て去る。
子爵家の令嬢──、しかもとてもでは無いが教養があるような人物には見えなかった。
自身の感情に簡単に心を乱され、失言してしまうような人物である。
それならば、やはりナタリアをけしかけた者がいるのだ、とリスティアナは考える。
「けれど……ナタリア嬢をけしかけて、殿下のお相手に推薦して得をするのは……陛下の王兄であられるバジュラド様……? いえ、でも御子が生まれてしまえばバジュラド様はもうきっと王座に着く事が出来なくなるわ……。王政派と反王政派がぶつからぬよう、要らぬ火種を起こさぬように私達もお互い納得の上で婚約解消と言う手を取ったのだから、血統に拘る王政派も私を理由に引っ張り出す事は不可能……」
リスティアナは、白んでくる窓の外にちらり、と視線を向けるが全くと言っていい程睡魔は襲って来ない。
「タナトス領の、異変に……私と殿下の婚約解消……ナタリア嬢と殿下の関係……、学園での噂の広まり方……、コリーナの侯爵家での異変……そして、お父様……。ああ、駄目ね……お父様のように直ぐに答えが導き出せない……」
国内で、おかしな事が多々発生している。
リスティアナは初め、ナタリアを王太子妃に据えたい反王政派の仕業や王位を狙っているバジュラドの策略かとも思ったが、それではオースティンがウルム国から兄であるオルファを呼び戻した意味が無い。
だからこそ、敵国がこの国内に入り込み何かを画策しているのだろうか、と考えたのだが、騒ぎに一貫性が無く相手の思惑が読めない。
「──まさか、複数の国の手の者が入り込んでいる、なんて事は有り得ないわよね……」
リスティアナは、自分の何処か突飛した考えに苦笑してしまったがその考えを「有り得ない」と一蹴してしまう事が出来ず、背中に嫌な汗が伝ったのだった。
結局、夜が明けその日学園を休んだリスティアナは夜になるまでオースティンが帰って来る姿を見る事無く、翌日の卒業パーティーの日を迎えてしまった。
「学園に入り込んでいるのは何処と繋がりがあるのかしらね……」
「──? お嬢様、何か仰いましたか?」
リスティアナの朝の支度を手伝っていた侍女がリスティアナに向かって声を掛けるが、リスティアナはにこりと微笑みを浮かべると「何でも無いわ」と答える。
卒業パーティーが開催される今日は、普段よりも登園時間が遅く、またその卒業パーティーに参加する者は普段の学園の制服では無く夜会などで身に纏うドレスで参加する。
リスティアナは藍色のドレスに身を包み鏡に映る自分の姿を見返す。
(この卒業パーティーは、最高学年のご家族も参加が認められていて、人数も多い。……それに、王族である陛下や王太子殿下もご参加するわ……。動くのには最適な場面よね)
「お嬢様、終わりました。いつにも増してお美しいですわ!」
「ふふ、ありがとう」
この侯爵家の当主の行方が分からぬ、と言う状況ではあるが普段通り仕事をこなす侍女にリスティアナは感謝する。
動揺や、不安だってあるはずだが、その雰囲気をおくびにも出さない徹底した仕事ぶりにリスティアナはもう一度「ありがとう」と侍女に向かって礼を告げると、ゆっくりと立ち上がった。
そろそろ学園に向かわないといけない時間だ。
遅れてパーティー会場に入場し、要らぬ注目を浴びたくは無い。
(でも、コリーナに続き、私も昨日学園を休んでいるから……要らぬ噂がまた増えているかもしれないわね)
一体、今度はどんな噂が広まっているのだろうか、とリスティアナは苦笑する。
噂に踊らされ、正常な思考を放棄した愚かな家門はどれだけいるのだろうか。
リスティアナがゆっくりと邸の玄関まで向かい、外に出る。
外に出る、と。
嫌と言う程見慣れた、この国の王家の紋章が入った馬車が何故か邸の正門に止まっており、見慣れた男の姿がそこにはあった。
「──殿、下……? 何故ここに……」
リスティアナの姿を見つけ、瞳に恋情を宿したヴィルジールが、恋しそうにリスティアナの名前を呼んだ。
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