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しおりを挟む王城に到着し、ナタリアはヴィルジールに手を引かれて自室へと案内される。
「──ナタリア嬢が戻った。診てくれるだろうか?」
ナタリアの部屋の前にやって来ると、既に到着していたのだろう。
以前からナタリアを診察してくれていた医務官が既に扉の外で待機しており、ヴィルジールの姿を見るなり頭を下げた。
「少し体調を崩しているみたいだ。私は外に居るので、診察が終わったら呼んでくれ」
「──殿下は、ご一緒に入られないので?」
医務官の言葉に、ヴィルジールは申し訳無さそうな表情をナタリアに向けると、唇を開く。
「ああ。午後の執務を変更しなければ……。少し補佐官と話して来る。直ぐに戻るからその間にナタリア嬢を頼む」
「お忙しい所を、申し訳ございません殿下」
「ナタリア嬢は気にしないでくれ。貴女の体が今は一番大切なのだから」
ヴィルジールの言葉に、ナタリアはぽっと頬を染めると「ありがとうございます」と小さくお礼の言葉を述べる。
去って行くヴィルジールの背中を見送りつつ、ナタリアは医務官へと向き直ると自室へと案内した。
ナタリア個人に与えられた侍女と、医務官、ナタリアの三人が室内へと入室するなり直ぐに診察が始まる。
医務官はナタリアに向かって今日はどうしたのか、体調はどのようにおかしいのか、何か心身に負担が掛かる事があったのか、等を確認して行く。
その質問に、ナタリアは内心ハラハラとしながら自分の今の状況が露見してしまわないように注意を払いながら返答して行く。
「──それでは、次はベッドに横になってくださいね」
「は、はい……」
ナタリアは、不安になりながら医務官に言われた通りにベッドに上がると横になる。
(お腹を、触れたりしたら医者には分かってしまうのかしら……僅かな感触で、子が居ないと言う事が知られてしまったら……)
ナタリアが心配する中、医務官は横になったナタリアの腹をそっと触診して行く。
下腹部、子を宿す付近を優しく押した医務官の指先が一瞬だけぴたりと止まるが、直ぐに触診が再開されて、ナタリアは自分の背中が嫌な汗でびっしょりと冷たくなっている事を自覚する。
医務官は俯いたまま僅かに瞳を細めると、直ぐににっこりと笑顔を浮かべて顔を上げる。
「──安心して下さい、ナタリア様。恐らく精神的に不安定になってしまっただけでしょう。お腹のお子にも影響は無いかと」
「ほ、本当ですか……!」
バレなかった、とナタリアが晴れやかな表情を浮かべると医務官はナタリアに子に影響のない薬を数種類出して、部屋から退出して行く。
医務官がナタリアの部屋を退出する瞬間、ナタリアに付いて居る侍女に一瞬だけ視線を向けた後、そのまま静かに部屋を退出した。
「ああ、良かったわ……」
ナタリアがついつい安堵の為か、口から言葉を零してしまうと、ナタリア付きの侍女がナタリアに近付き唇を開く。
「ナタリア様。学園の制服を着替えてしまいましょう。お手伝い致します」
「ええ、そうね。そうするわ」
ナタリアはふんふんと薄ら鼻歌を奏でながら侍女に手助けをしてもらいながら着替えた。
ナタリアは、その後やって来たヴィルジールに医務官に言われた事を告げ、安心したような表情になったヴィルジールにそっと寄り添った。
「心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません殿下。体調はもう大丈夫ですから、ご心配には及びません」
「──ああ、そのようで安心した……。念の為に、ナタリア嬢はもう休んだ方が良い。──私は仕事の続きがあるので、これで失礼するよ。何かあれば侍女に直ぐに伝えてくれ」
ナタリアが体を寄せて来たが、ヴィルジールは不自然にならない程度にナタリアから体をすっ、と離すと部屋の扉へと足を向ける。
「あ……、殿下」
「すまない、ナタリア嬢。また来る」
ヴィルジールはそう一言ナタリアに告げると、ナタリアの部屋を出て行った。
場所は変わって、リスティアナの家であるメイブルム侯爵邸。
リスティアナの父親であるオースティンは、執務室で書類に目を通していた。
その書類は、以前リスティアナと食事の際に話していたヴィルジールとナタリアが関係を持ってしまった大規模な模擬戦闘訓練の様子を調べた物だ。
オースティンは、諜報に長けた人物に当時のヴィルジールの側にいた人物や、ヴィルジールの行動等を探らせていた。
「──殿下の側近は、幼き頃から仕えていた現騎士団長、か……。だが、もう一人の側近は殿下が学園生の際に取り立てた騎士だな……。だが、数年前から殿下の側近となり働いている……。あの令嬢は、殿下が仰っていた通り医療班として参加しているな」
ぺらり、と二枚目の報告書類をオースティンは捲る。
一見、報告書には何も不自然な部分は無い。
長期間の戦闘訓練で、心身共に疲弊し、精神面に多大な負荷が掛かっていたのだろう。
ヴィルジールは怪我もした、と聞く。血も流した事から気持ちも昂っていただろう。
「──だが、婚約者が居る状態で、殿下が女性に……しかも学園生に手を出すのだろうか」
そこまで浅慮な人間だったか、とオースティンは違和感に眉を寄せる。
オースティンは、問題のヴィルジールとナタリアが体の関係を持ったであろう日の出来事が記載されている文章を見て、瞳を細めた。
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