【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船

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 深夜。
 ヴィルジールは、王城の自分の居室で「くそっ」と小さく声を上げると、自分の前髪を荒々しく掻き回しながらドサリ、とソファへと腰を下ろした。

「何でっ、こんな事になってしまったのか……っ、いや、違う……っ私が愚かだったからこのような事に……っ」

 ヴィルジールは、小さく呟くと先程教会で正式にメイブルム侯爵家の子女、リスティアナと自分の婚約が解消された報告を聞いた。
 その報告を聞いた瞬間、自分の目の前が真っ暗になるような心地に襲われて項垂れる。

 始まりは王家からの打診で、リスティアナとは婚約が結ばれた。
 だが、月日が経つにつれて確かにリスティアナと、自分との間には目には見えないがお互いを思い合う気持ちが芽生えていたし、リスティアナは自分に想いを寄せてくれていた。
 そして、ヴィルジール自身も確かにリスティアナを好いていた。

「あの時、怪我さえしなければ……。いや、私が皆の静止を聞き入れ、前線へと出なければ……!」

 ヴィルジールは数ヶ月後前の模擬戦闘訓練で自分が行った行動を悔いる。

 訓練、とは言え実際に戦闘は行う。
 他国に攻め入られた場合を想定し、両軍共に仮想の戦闘地に布陣して戦闘訓練を行うのだ。

 殺傷力のある武器を使わないにしても、指揮を誤れば実際に怪我人も発生する。
 自分の指示が一つ誤れば、実際何百、何千と犠牲が出るのだ。

 その、緊張感。
 戦場に居るのだ、と錯覚してしまう程の熱量で互いの軍がぶつかり合い、ヴィルジールは相手陣営を打開する為に前線へと自ら兵を率いて布陣したのだ。
 仮想敵国が攻め入って来た場合の戦闘訓練だった為、自国の王族が自ら兵を率い姿を見せれば士気も上がる。
 側近達には前線に出るのは危険だ、と言われたがその時のヴィルジールは何故か自信が溢れており、側近達の静止を振り切り前へと出た。

「──感情に任せて前へ出るなど……軍を率いる身としては愚策中の愚策だ……」

 冷静になった今ならば簡単に分かる事が、あの日、あの場所では根拠の無い自信が溢れ強行した。
 そうして、強行した先でヴィルジール率いる精鋭兵達は仮想敵国である敵の部隊の奇襲を受けて怪我を負ったのだ。

 そして、そこで自国の医療班として参加していたナタリア達、学園生が多く編成された医療班に手当をされた。

「──言い訳など、出来る物では無い……」

 あの時、怪我をして多少なりとも血を流し、気持ちが昂っていた。
 そして、あの場所で見る医療班に所属する令嬢達がとても輝いて見えて──。

 ヴィルジールは、何度かナタリアから手当を受けて、会話を交わす内に気持ちが昂りそして、犯してはならない罪を犯したのだ。

 戦闘中、どんどんとボロボロになって行く自分達とは違い、医療班の身形は綺麗なままで、その穢れのない医療班の制服にとても目を奪われた。
 そして、手当をしてくれるナタリアがとても親身に一生懸命慣れない手付きで怪我の手当をしてくれる姿に惹かれてしまったのだ。
 痛みに呻く自分を心配し、励ましてくれる姿がとても輝いて見えた。
 怪我をせずに陣営へと戻って来る自分の姿を見て安心して微笑む姿に喜びを感じた。

 そうして、模擬戦闘訓練の最終日。
 ヴィルジールの自軍が勝利した事で、その日は勝利に喜び、酒が振る舞われたのだ。

「──泥酔した己の何と愚かな事か……」

 そうして、ヴィルジールは酒に酔った状態で医療班として宴に参加していたナタリアと共にいつの間にか姿を消したのだ。

 翌朝目が覚めた時、自分の腕の中にいるナタリアを見た瞬間、確かに自分はあの時幸福感に包まれていた。
 戦場で育んだ感情が、一時の物だとは思えず、ちらりと脳裏にリスティアナの顔が過ぎったが、ナタリアとこうなってしまった以上はリスティアナとの婚約を解消するしかない。

 そう思い、ナタリアにも話を付けた。



 だが、模擬戦闘訓練が終わり、王都に帰還して久しぶりにリスティアナの顔を見た瞬間に罪悪感と、己の犯した過ちを自覚したのだ。

「──リスティアナ……っ、嫌だ……っ、婚約解消など、したくなかった……っ」

 ヴィルジールは自分勝手な想いを、誰も室内に居ない事をいい事に吐露する。

 何故、自分はあんなにも恋焦がれていた婚約者を裏切ったのだろうか。

「リスティアナが、他の男と婚約をしてしまう……っ」

 メイブルム侯爵家は建国から続くこの国の四大侯爵家の内の一つだ。
 自分と婚約が解消された事が知られれば、直ぐに数多くの貴族達から求婚の申し入れがあるだろう。

 ──あの美しく、可憐なリスティアナが自分以外の男の物になってしまう。

 ヴィルジールは自分の手のひらで顔を覆いながら小さく呟いた。

「何故っ、婚約解消になど同意したんだっ」

 誰かが耳にしていれば、ヴィルジールのこの発言を咎めただろう。
 リスティアナが聞けば、ヴィルジールを軽蔑しただろう。
 だが、今のヴィルジールにはそれが分かっていながらも言葉を、感情を吐露する事を止める事など出来なかった。
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