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しおりを挟むリスティアナがナタリアが休んでいるベッドの横にある椅子に腰を下ろすと、ナタリアの背中を支えていたヴィルジールが唇を開く。
「リスティアナ……。ナタリア嬢は、落とした書類を拾って欲しい、と貴女に頼んだそうだが──それは合っているか?」
「ええ、そうですわね。ナタリア嬢から確かに書類を拾って欲しい、と頼まれましたわ。──ただし、噴水の中に落ちてしまった書類を、ですが」
「──なっ、」
うっかり、伝え漏れがあったのだろうか。
ヴィルジールは噴水の中に落ちた書類を拾ってくれと頼んだとは知らず、驚きに目を見開いた。
ただ単にナタリアが床に落としてしまった書類を拾うのを手伝ってくれ、とたまたま通りかかったリスティアナに頼み、すげなく断られたのだと思っていた。
具合を悪くして医務室にナタリアが運び込まれたと聞き、ヴィルジールは急いで学園にやって来てナタリアに経緯を聞いたのだが、具合が悪そうにしている人間を目にして手助けをしないなんて事をリスティアナがするだろうか、と不思議に思っていたのだが、噴水に落ちた書類を拾ってくれ、と頼まれれば断る事も納得である。
「ふ、噴水に……成程、それでリスティアナは拾う事を断った、のだな……」
「ええ、はい。冷たい水の中に入っては、風邪を引いてしまう可能性もございますし、私達の制服では生地が水を吸い込んでとても重くなり、動けなくなってしまったり、寒さで足をつってしまい、転倒してしまえば怪我をする恐れや、溺れてしまう恐れもございますので。ですので、ナタリア嬢にはお断りして新しい書類を貰っては如何かとご提案致しました」
よどみなくスラスラと言葉を紡ぐリスティアナに、ヴィルジールは自分の額に手を当てるとナタリアへ視線を向けた。
「ナタリア嬢、リスティアナの言っている言葉は本当かい? いや、本当だろうね……」
じとっ、とした視線をヴィルジールに向けられたナタリアは、じわりと瞳に涙を滲ませると戦慄く唇で「でも!」と声を荒げた。
「リスティアナ嬢は、私が今どのような体調か分かっておられる筈……! それなのに、私の体を気に止める事すら無く、手助けをしてくれない、ましてや書類を取りに戻ればいいなどと提案してくる事自体がおかしいのではありませんか……!? それに、あの時のリスティアナ嬢はとても冷たく、怖かったんですっ! 私が不安を覚えて、倒れでもしてお腹を打ったら尊い王家の血が──」
「ナタリア・マロー嬢!!」
ナタリアが声を荒げ、このような場で口にするには相応しく無い言葉を放とうとした瞬間、その言葉を遮るようにリスティアナは冷たい声音でナタリアの言葉を遮った。
リスティアナの剣幕に、ナタリアはびくりと体を震わせると側に居るヴィルジールの服の裾を縋るように握った。
「な、何故そのように怒鳴るのですか……っ、で、殿下っ、怖いです……っ」
「──何故、ですって……? そのような事も分からないのですか!?」
「リ、リスティアナ……君の言いたい事は良く分かったが……、ナタリアが怯えている、もう少し、その……」
リスティアナは、何故怒鳴られ言葉を遮られた理由も分からない、分かろうともしないナタリアに呆れを通り越し怒りさえ込み上げて来る。
ヴィルジールはヴィルジールで、ナタリアの体調を優先するばかりでナタリアを諌めもせずに狼狽えるだけの態度に嫌気がさす。
「分からない、本当に"何も"分からないのですねナタリア嬢は……っ、殿下も殿下です! このような、誰が聞いているかも分からぬ場所で、とんでもない事をナタリア嬢は口にしようとしたのです! もし、誰かに聞かれていたら! この国の国民以外……、万が一敵国の人間に、間諜に聞かれでもしたらどうなさるおつもりですかっ」
こんなに簡単な事すら分からないなんて、とリスティアナが声を震わせると、リスティアナの言葉の意味を理解し切れていないのだろう。
ナタリアが先程の噴水でのやり取りの時のようにぼろぼろと涙を零し始めた。
「さっ、先程もっ、こうしてリスティアナ嬢は……っ、学園生の前で私をっ、」
「ナ、ナタリア嬢、それは君の勘違いで──……」
ヴィルジールが泣き出すナタリアをなだめようと言葉を掛けた所で、医務室の奥。
カーテンが敷かれた場所から、ジャッ、とカーテンを動かす音が聞こえて、ヴィルジール以外の男の声が響いた。
「ヴィルジール殿下……。私も先程の庭園でお二人の会話を聞いてましたが、それはもうリスティアナ嬢が話の通じぬナタリア嬢に懇切丁寧に説明している様はとてもとても哀れでしたよ。……それと、こう言ったお話をする際には室内に人が残っていないのか、ご自身の目で隅から隅までしっかりとご確認する事をお勧め致します」
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