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しおりを挟む令嬢から突然そのような言葉を掛けられて、リスティアナ達は唖然としてしまう。
リスティアナの隣に居るコリーナは、あからさまに不愉快そうな表情を浮かべて小さく「はぁ?」と淑女に有るまじき言葉使いが出て来てしまう程だ。
リスティアナはぽかん、としながら無意識に噴水の方向へと視線を向けると、噴水の中に落ちてしまった課題の書類とやらは時折吹く風に水面が打たれてゆっくりと揺蕩いながら噴水の奥へ奥へと移動して行ってしまっている。
「──えっ、と……。私達、これからダンスの授業がございますの。噴水に入って体を冷やすと私達も風邪を引いてしまう可能性がございますし、授業で使用するドレスも濡れてしまいますわ」
リスティアナは困ったように眉を寄せながら断りの言葉を令嬢に告げるが、令嬢はまさか断られるとは思っていなかったのだろう。
「──え……っ。殿下から、リスティアナ嬢はとても優しい方だとお伺いしておりましたのに……。確かに私は、リスティアナ嬢に対して申し訳無い事を致しました……。けれど、その仕返しとばかりに助けて頂けないなんて……」
「えっ、? ちょっと、待って下さる? 仕返しなど考えも着きませんでしたわ。私達が噴水に入るよりも、新しい書類を頂いた方が宜しいのではなくて?」
悲しそうに表情を歪める令嬢に、リスティアナは混乱してしまいついつい眉根を寄せてしまう。
美しい容姿のリスティアナが眉を寄せてしまうと、その表情はリスティアナを良く知らない人間から見れば「怒っている」と誤解されてしまいそうな表情で。
この時ばかりはリスティアナの凛とした態度や、美しい容姿が周囲に悪影響を与えてしまっているようで、リスティアナ達四人と、令嬢が立ち止まり話している様子を周囲の人間達が不思議そうに眺めている。
令嬢に至っては、連日ヴィルジールに馬車で送られこの学園に来ているのでその事が学園中に知れ渡ってしまっている今、令嬢とリスティアナは学園生の視線を集めやすい状況に陥っている。
「で、ですが……っ! もう一度書類を貰いに戻ると長い距離を歩く事になり、転倒してしまう可能性もあるから、不必要な場所には行かないように、と殿下から言われているのです……っ」
「そ、それを私達に言われましても……」
「どうして、お助け下さらないのですか……っ、殿下はリスティアナ嬢を優しい、と仰っていたのに、リスティアナ嬢は殿下と、その他の人間に対して態度を変えるようなお方だったのですかっ」
「なっ」
酷い言い掛かりだ。
そもそも、自分は入るつもりなど更々無いというのに、他の人間に対して噴水に入り服を濡らしてもいいから書類を取ってこい、などと良く言えたものだ、とリスティアナが呆れ返っていると、怒りを抑えきれなかったのだろう。
リスティアナの隣に居たコリーナと、後ろにいた友人二人が唇を開いた。
「先程から聞いていれば……。そもそも貴女は名乗りもせず、自分の要望ばかりを口にして……何故私達が貴女のお願いを快く聞いてあげなくてはならないのかしら?」
「そうですわ。リスティアナ嬢は侯爵令嬢でいらっしゃるのよ。貴女が何処のお家の方かは存じませんが、この国の侯爵家のご令嬢に対して少し不躾ではございませんこと?」
「先ずは、貴女のお名前をお聞きしても宜しいかしら?」
コリーナの、冷たく相手を威圧してしまうような声が響き、その後にアイリーンとティファがコリーナに賛同するように声を上げる。
庭園には、先程よりも野次馬の生徒達が集まって来ているようで、何事だ? と事の成り行きを見ている人間が多い。
このままでは悪目立ちしてしまう、とリスティアナが考え、この場を後にしてしまおう、と行動に出るよりも早く、令嬢が悲壮感たっぷりに瞳に涙を浮かべながらか細く言葉を発した。
「た、大変失礼致しました……。私はナタリア、ナタリア・マローと、申します……」
「そう……ナタリア嬢と仰るのね……」
令嬢──ナタリアの名前を聞いて、リスティアナは益々表情を強ばらせてしまう。
それは、リスティアナの隣に居るコリーナも、その後ろにいる友人達も同じようで、リスティアナとコリーナの頭の中の考えは恐らく一致しているだろう。
(殿下は……っ、なんと愚かな事を……!)
ヴィルジールの手を借りて馬車を降りて来た姿を見た時から、顔に見覚えが無いとは感じていた。
だからこそ、もしかしたらお相手の令嬢は高位貴族では無い可能性があるとは思っていたが──。
(まさか、子爵令嬢とは……!)
いくら学園内とは言え、流石に侯爵家と言う高位貴族の子女である人間に取っていい態度ではない。
(マロー家は、確か領地も小さく、商家や商人との取引で殆どの収入を得ている家だったと記憶しているけれど……そうなると貴族同士の家の繋がりも勿論無いし、王城に出仕している貴族達とのパイプも無いはず……っ。何故、そのようなお家柄のご令嬢と……っ)
リスティアナが深く溜息を吐いたのを、強い言葉を浴びせさせられると勘違いしたのだろう。
ナタリアは、とうとう瞳から涙をぶわり、と溢れさせてその場に蹲るとしくしくと泣き出してしまった。
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