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しおりを挟むそれから、リスティアナは邸内を自分の私室へと急ぎ戻った。
ヴィルジールの婚約者としていつも凛とし、礼儀作法を大切にし、所作の一つ一つを美しく心掛けていたリスティアナは、自分自身廊下を駆けるなどはしたない行為だ、と分かってはいても溢れ出る涙を使用人達に見られたく無くて、必死に足を動かした。
ばたん、と私室の扉を勢い良く閉めて扉に背中を預けたままずるずるとしゃがみ込む。
「──ぅっ、」
後から後からぽろぽろと零れ落ちてくる涙を拭っても拭ってもキリがない程、涙が止まる気配が無くて、リスティアナは声を殺してそのまま泣き続けた。
ずっと、ずっと好きだった。
慕っていた、愛していたのだ。
けれど、ヴィルジールが本当に想う人と共に居たい、と言うのであればリスティアナにはどうしようもない。
リスティアナは、流れ落ちて行く涙と一緒に、ヴィルジールへの想いも、思い出も全て流れて消えてしまえ、と思いながら泣き続けた。
「──なるほど、"こう"なってしまった事の経緯は分かりました……」
「本当に、すまない……メイブルム侯爵……」
「これ以上、殿下に謝罪を頂いても現実に起きてしまった事はどうしようもございません。……リスティアナとの婚約は殿下のお申し出通り解消と致しましょう。後日、正式に婚約解消の署名を入れた書類を殿下にお送り致します。……教会へのご提出をお願い致します」
「ああ、分かった……。必ず提出しよう……。この度は……っ、このような事になってしまい申し訳無い……リスティアナにも、宜しく言っておいてくれ」
「──殿下に対して、不敬な物言いと態度を取ってしまいました事、申し訳ございません。処罰はどうぞ私だけにお願い致します」
「処罰など……! そのような事、私がする筈がない……。──それでは、そろそろ失礼する」
ヴィルジールが退出の挨拶をすると、父親はサッとソファから立ち上がりヴィルジールを見送る手配をする。
「──殿下、申し訳ございません。お見送りはここで失礼致します」
「ああ、大丈夫だ」
頭を下げる父親に、ヴィルジールは気まずそうに唇を開くとそのまま扉から部屋の外へと出た。
リスティアナの私室がある方向へとヴィルジールは一瞬だけ視線を向けたが、直ぐにさっと顔を逸らすと真っ直ぐ前を向いて廊下を歩いて行った。
アロースタリーズ国では、長らく戦争は起こっていないが、いつ他国に攻め込まれるかは分からない。
その為に定期的にアロースタリーズでは騎士団を中心に、街の衛兵や貴族の私兵なども交えて大規模な模擬戦闘訓練を行う。
この国の王族であり、王太子であるヴィルジールは、学園を卒業し一年が経った頃、政務が落ち着いた事でその模擬戦闘訓練に参加した。
王族であっても、他国に攻められれば剣を持ち、軍の先頭に立つ事も有り得る。
その為にヴィルジールも、数ヶ月にも及ぶその大規模な模擬戦闘訓練に参加したのだが、そこで今回の婚約解消に至る「間違い」が起きてしまったのだった。
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