【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船

文字の大きさ
上 下
2 / 78

2

しおりを挟む

 ひいい、と情けなく後退して行くヴィルジールに、リスティアナは色々な感情が込み上げて来てしまい、目の前がじわり、と涙で滲む。

「何故──……」
「リ、リスティアナ……?」

 リスティアナがぽつり、と声を零すと自分の父親に恐れ戦いていたヴィルジールがはっ、としてリスティアナに視線を向ける。
 そうして、リスティアナを見た瞬間ヴィルジールは驚きに目を見開くと惚けたようにリスティアナを見詰めた。

 ほろほろ、とリスティアナの瞳からは耐えきれなかった涙が雫となり、ぱたぱた、と床へ零れ落ちて行く。
 涙に濡れたからか、まるでピンクサファイアのような瞳からは留まる事無く涙が零れ落ちており、リスティアナは辛そうにきゅう、と眉根を寄せると戦慄く唇を必死に引き結ぶ。

 王太子妃として数年、様々な事を学んだ。
 この国の国母となるのであれば、感情を表に出しては行けない、どんなに自分自身に辛い出来事が訪れようとも、それを周囲に悟らせてはいけない。
 王妃に、そう優しく教えられた事を思い出してリスティアナは何とか細かく息を吐き出すと、自分の感情を落ち着かせようと瞳を閉じた。
 吐き出す吐息が、悲しみで震えてしまうがきっと離れた場所に居るヴィルジールには気付かれていないだろう。

 ヴィルジールは、美しくハラハラと涙を零していたリスティアナにぼうっ、と見蕩れていたが自分に近付いて来ていたリスティアナの父親に鋭い視線を向けられて咄嗟にリスティアナから視線を逸らす。

 そうしている内に、リスティアナも幾ばくか落ち着きを取り戻したのだろう。
 すっ、と瞳を開くと先程まで涙の膜が張っていた瞳には既に涙は無く、覚悟を決めたような表情でヴィルジールに向かって唇を開いた。

「今更……何故、と殿下にお聞きしても詮無きことでしょう……。殿下の想う方との間に新しい命が宿ったのであれば、殿下の仰る通り婚約を続ける訳には行きませんね……」
「……リスティアナ、いいのか……?」

 リスティアナの言葉に、すかさず父親が声を掛けて来るが、リスティアナは困ったように眉を下げて微笑むと小さく頷く。

「殿下の仰る通り、私達の婚約は解消致しましょう」
「──リスティアナ、すまない……っ」

 リスティアナの言葉に、ヴィルジールは何度も何度も謝罪の言葉を告げると、次いで礼を述べる。

 リスティアナは、ヴィルジールと婚約を結んでから、今までの事を思い出す。
 婚約者として顔合わせをした時、どこかお互い気恥ずかしくてぎこちない挨拶をした日の事。お茶会で初めて一緒に庭園を散策した事。学園で、卒業間近のヴィルジールと入学したてのリスティアナが隠れてこっそりと逢瀬をした事。

 様々な思い出が頭の中を巡る。

 けれど、それは全て捨てて消し去らなければならない思い出だ。

 リスティアナは、最後にヴィルジールと視線を合わせて笑いかけると、唇を開いた。

「殿下、お慕いいたしておりました。どうか、想う方とお幸せになって下さいね」
「──……っ、」

 ヴィルジールが何か言葉を告げる前に、リスティアナは美しいカーテシーでもって頭を下げると、さっとヴィルジールから顔を逸らし、そのまま背中を向けて部屋の扉の方へと早足で向かって行ってしまう。
 ヴィルジールが何か言葉を掛けようとして、口を開いたまま腕を伸ばしたが、当然その腕はリスティアナに届く筈も、言葉を発していない為、声も届く筈も無く、扉が閉まる音が静かな部屋に虚しく響いた。



 室内に残されたヴィルジールは俯き、リスティアナの父親は鋭い視線をヴィルジールに向けた後、話を進める為に再度ソファへと向かい、腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 236

あなたにおすすめの小説

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

処理中です...