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しおりを挟むひいい、と情けなく後退して行くヴィルジールに、リスティアナは色々な感情が込み上げて来てしまい、目の前がじわり、と涙で滲む。
「何故──……」
「リ、リスティアナ……?」
リスティアナがぽつり、と声を零すと自分の父親に恐れ戦いていたヴィルジールがはっ、としてリスティアナに視線を向ける。
そうして、リスティアナを見た瞬間ヴィルジールは驚きに目を見開くと惚けたようにリスティアナを見詰めた。
ほろほろ、とリスティアナの瞳からは耐えきれなかった涙が雫となり、ぱたぱた、と床へ零れ落ちて行く。
涙に濡れたからか、まるでピンクサファイアのような瞳からは留まる事無く涙が零れ落ちており、リスティアナは辛そうにきゅう、と眉根を寄せると戦慄く唇を必死に引き結ぶ。
王太子妃として数年、様々な事を学んだ。
この国の国母となるのであれば、感情を表に出しては行けない、どんなに自分自身に辛い出来事が訪れようとも、それを周囲に悟らせてはいけない。
王妃に、そう優しく教えられた事を思い出してリスティアナは何とか細かく息を吐き出すと、自分の感情を落ち着かせようと瞳を閉じた。
吐き出す吐息が、悲しみで震えてしまうがきっと離れた場所に居るヴィルジールには気付かれていないだろう。
ヴィルジールは、美しくハラハラと涙を零していたリスティアナにぼうっ、と見蕩れていたが自分に近付いて来ていたリスティアナの父親に鋭い視線を向けられて咄嗟にリスティアナから視線を逸らす。
そうしている内に、リスティアナも幾ばくか落ち着きを取り戻したのだろう。
すっ、と瞳を開くと先程まで涙の膜が張っていた瞳には既に涙は無く、覚悟を決めたような表情でヴィルジールに向かって唇を開いた。
「今更……何故、と殿下にお聞きしても詮無きことでしょう……。殿下の想う方との間に新しい命が宿ったのであれば、殿下の仰る通り婚約を続ける訳には行きませんね……」
「……リスティアナ、いいのか……?」
リスティアナの言葉に、すかさず父親が声を掛けて来るが、リスティアナは困ったように眉を下げて微笑むと小さく頷く。
「殿下の仰る通り、私達の婚約は解消致しましょう」
「──リスティアナ、すまない……っ」
リスティアナの言葉に、ヴィルジールは何度も何度も謝罪の言葉を告げると、次いで礼を述べる。
リスティアナは、ヴィルジールと婚約を結んでから、今までの事を思い出す。
婚約者として顔合わせをした時、どこかお互い気恥ずかしくてぎこちない挨拶をした日の事。お茶会で初めて一緒に庭園を散策した事。学園で、卒業間近のヴィルジールと入学したてのリスティアナが隠れてこっそりと逢瀬をした事。
様々な思い出が頭の中を巡る。
けれど、それは全て捨てて消し去らなければならない思い出だ。
リスティアナは、最後にヴィルジールと視線を合わせて笑いかけると、唇を開いた。
「殿下、お慕いいたしておりました。どうか、想う方とお幸せになって下さいね」
「──……っ、」
ヴィルジールが何か言葉を告げる前に、リスティアナは美しいカーテシーでもって頭を下げると、さっとヴィルジールから顔を逸らし、そのまま背中を向けて部屋の扉の方へと早足で向かって行ってしまう。
ヴィルジールが何か言葉を掛けようとして、口を開いたまま腕を伸ばしたが、当然その腕はリスティアナに届く筈も、言葉を発していない為、声も届く筈も無く、扉が閉まる音が静かな部屋に虚しく響いた。
室内に残されたヴィルジールは俯き、リスティアナの父親は鋭い視線をヴィルジールに向けた後、話を進める為に再度ソファへと向かい、腰を下ろした。
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