【完結】龍神の生贄

高瀬船

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五十四話

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《──何っ!?》

 朱音の戸惑ったような声が頭に響いたが、緋色はそんなものはお構い無しに子蛇を両手でしっかり掴み、朱音から子蛇を守るように自分の体の後ろに隠した。

(何かが、割れる音がした……! 今のは朱音様の攻撃のような物を防いだの? それとも、見えない壁を壊した音? それとも、朱音様が作った結界を壊した音──?)

 一体その内のどれを破ったのだろうか、と考え緋色はずりずりと後退して行く。

(尋さまが言っていた……、朱音様は呪の霊力の種類だ、って……。結界を張るのに長けているけど、でも子蛇ちゃんを押し付けていたのも、さっきの風の刃のような物も、攻撃を飛ばしていた? 呪の霊力はこんな事も出来るの? それとも……)

 緋色は朱音から感じる妖魔と対峙しているような気配に、ごくりと喉を鳴らした。

 人間の姿ではなく、妖魔のような存在になってしまったからあのような不可思議な事が出来たのだろうか。

(何か……っ、子蛇ちゃんを守れるような、力があれば……!)

 子蛇は緋色の手の中でくたり、と脱力しており、目を閉じてしまっている。
 子蛇を包む手のひらに、確かに温もりを感じる事が出来るので、最悪の結果にはなっていないだろうが、このままこの部屋を出られないとそれもどうなるか分からない。

《名無し──! 何をした!!》
「──あっ!」

 背後から。朱音が居た場所付近から威圧感のある声が頭の中に響く。
 緋色が何かをして、子蛇の拘束を解いたと言う事が朱音にも分かったのだろう。
 先程までの嘲笑を含んだ声音から、緊張感を孕んだ声音に変わっている。

 ──何か来る。
(防がないと……っ!)

 背後からぞわり、とした気配が膨れ上がり緋色は考えるよりも早く反射的に何かを「防いだ」

 緋色の頭の後ろから「バチン!」と何かが弾かれたような音がして、ぎょっとして振り向く。
 緋色が振り返った先、目の前でバチバチと緋色の霊力が爆ぜていて、瞬間的に朱音の攻撃を防いだのだ、と言う事が分かる。

 緋色の後方に居た朱音は、驚きに目を見開きバチバチと爆ぜる緋色の霊力をただ無言で見詰める。

《何故……、尋様が……? いえ、この場所には誰の霊力も無い……。何で……? 名無しには霊力が……》

 なんで、なんで、と壊れたように繰り返す朱音を置いて、緋色は駆け出す。

 朱音が混乱しているのであれば、その隙をついてこの部屋から出る方法を見つけねばならない。
 先程は上手く朱音の攻撃を防ぐ事が出来たが、次も防げるとは言いきれない。

 ならば、と緋色は出来るだけ朱音から距離を取り結界の綻びのような物が無いか探す。

(何か……っ、何か方法があるはず……!)

 緋色は小走りで部屋の襖に向かう。
 その間も、緋色の頭には狂ったように「なんで」と繰り返す朱音の声が聞こえ続けるが、今はそれに構っている時間は無い。

(結界を壊せば、尋さまがきっと気付いてくれる……! それに、早く子蛇ちゃんを芙蓉さんと菖蒲さんに無事返さなきゃ……!)

 室内の空気がどんどん重たく、淀んで来ているような気がする。
 酸素が薄くなって、息苦しい。
 気を抜けばその場に膝から崩れ落ちてしまいそうな程、体も重く感じる。
 そしてその変化と同時に、朱音から感じる悍ましさや寒気、怖気がどんどん膨れ上がって行っているように感じて。

 緋色はじわり、と涙を滲ませながら襖に手を掛けた。

(開いて! 開け! 開け! 壊れてしまえ──……っ!)

 手を掛けた襖を我武者羅に叩いたり、左右に動かしたり、としている内に朱音が背後から近付いて来るのが分かる。
 緋色がこの部屋から逃げ出す事など出来やしない、と分かっているのだろう。
 恐怖を呼び起こすように、絶望感を与えるために朱音は殊更ゆっくりゆっくり背後から迫って来る。

(開け! 開いてよ……!)

 緋色が心の中で叫び、強く襖を叩いた。

 瞬間、バタン! と大きな音を立てて突然襖が廊下側に倒れた。
 襖が倒れた途端に室内に光が入り込み、真っ暗だった部屋に人工的な灯りが強く入り込む。

 驚愕に満ちた声無き声を朱音が上げ、緋色はそのまま廊下に飛び出す。
 すると、緋色は自分の顔を硬い何かに強かに打ってしまった。

「──痛っ」
「緋色!?」

 ふわり、と慣れ親しんだ香りがして。
 緋色は瞳に溜め込んでいた涙を堪え切れずに零した。

 硬い何か、と思ったのはどうやら尋の体だったようで。
 襖に向かい合い立っていたのだろうか。
 立っていた尋の胸元に勢い良くぶつかってしまったようで、鼻を強く打ってしまったが緋色は無意識に尋の体に腕を伸ばした。

 そして、しっかりと尋も緋色を抱きとめ──。

「──何だ、あれは……」

 緋色の頭上から、戸惑い訝しげる尋の声が落ちる。
 顔を上げなくても分かる。
 尋の視線は、朱音だった物にしっかりと向かっているのだろう。
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