【完結】龍神の生贄

高瀬船

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五十二話

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 どさっ!
 と、緋色は畳に投げ出された。

「──痛っ」

 頬を擦りむいてしまったが、それよりも緋色は急いでその場にむくりと起き上がる。

「子蛇ちゃん……! 良かった、無事ね……」

 倒れ込んだ自分の体の下敷きになってしまってはいないだろうか、と慌てて起き上がった緋色だが、子蛇は緋色の下敷きなる事無く畳の上で一箇所を警戒するようにじっと見詰めている。

 何を見詰めているのだろうか、と緋色が疑問に思うまでも無く緋色の背筋にぞわり、と悪寒が走る。

「──っ!?」

 かくりよの里や、あの夜に感じた悍ましい気配。
 間違いようの無い人成らざる物の気配。

「妖魔……? 一体、どこに……」

 きょろ、と緋色は周囲を見回す。
 この場所にやって来る前に居た真っ暗な部屋とは違い、今居る場所は灯りが灯っている。
 先程の部屋と同じくらいの大広間であるため、部屋の奥や光源の届かない部屋の隅は暗くて見えないが、視線の届く範囲は見渡す事が出来る。

 きょろ、と周囲を見回して外に続く襖を見付けた緋色は、自分の足元で警戒を続ける子蛇を両手で素早く掬い上げ、一目散に襖に駆け出した。

 このままこの場所に居続けるのは良くない、と緋色の直感がそう告げている。

(誰か……! 芙蓉さんや菖蒲さん……っ、尋さまに見付けて貰わないと……!)

 霊力で攻撃する事が出来ると言う事が分かったとは言え、霊力の使い方をまだ把握し切れていない。
 自分の身を自分で守れるかどうか、まだ分からない。ならば、危険な場所からは出来るだけ早急に離れる必要がある。

 緋色の手の中で子蛇が首を擡げ、じっと緋色の背後を見詰める。

 何処か緊迫した空気を感じるが、緋色は足を止める事無く襖に駆け寄り、勢い良く襖を開け放った。
 屋敷の廊下に出て、周囲を確認して。そして誰か、籘原の家の人が居たら、と考えていた緋色だったが襖を開け放った先にある光景を視界に入れ、唖然とした。

「──え、? また、同じ……部屋……?」

 襖を開けた先は、藤倉の屋敷の廊下などでは無く、今緋色が居る広間と同じような部屋が広がっているだけで。

 緋色は再び駆け出して、再び襖を開く。

「何で……っ、また同じ部屋……!」

 だが、何度緋色が襖を開けようとも似たような広間が眼前に広がるだけで。
 緋色はぜいぜいと肩で息をしながら、絶望に濡れた声音で呟く。

 ──すると。
 緋色の背後からまるで嘲笑うかのように、ケタケタと笑う女の声が聞こえて来た。

《ああ、おかしい……! お前如きでは私の結界から逃げ出す事は出来ない!》

 ぞわり、と言い様の無い怖気が背筋に走る。

 不安を煽るような悍ましい声、ケラケラと壊れたように笑い続ける声。
 それが、緋色の背後から聞こえて来た事に気付いてはいるが、後ろを振り返りその正体を確認する気には到底なれない。

(……っ、首の後ろが、ぞわぞわする……っこの声を聞いていると凄く不安になってしまう……)

 声に反応してはいけない。
 背後から聞こえる声は、間違い無く先程感じた妖魔が発している声だ。

 けれど、頭では分かってはいるものの、何故か緋色の意思とは裏腹に体はゆっくり振り返ってしまうのを止められない。
 まるで引き寄せられるようにゆっくり、ゆっくり背後を振り返り、緋色は声の正体を目にした。



「──え、? なんで……」
《お前がここに来るのは分かっていたよ、名無し。早く死んでくれ》

 緋色が背後を振り返り、妖魔と思われる気配の正体を目にした瞬間、緋色は唖然として呟く。
 そして緋色が呟くのと同時。
 妖魔はゆらり、とまるで霧のような体をゆらり、と揺らして嘲るように声を発した。

 名無し、と呼ぶ者は今の帝都に一人しか居ない。
 もう一人、緋色を名無しと呼ぶ人間は居るがその人間は尋が助けてくれた。だから、この場所に居る筈が無い。
 それに、声の主はだ。

 緋色は目の前に居るモノの正体に、目を見開く。
 この気配は、妖魔と何ら変わりない。
 だが、緋色が知るその人物は間違い無く人間だ。
 それなのに、どうして──。と、緋色は心の中で呟く。



「なん、で……朱音様が……っ」

 緋色の言葉を聞き、目の前の妖魔のようなモノの顔に当たる部分。それが悍ましい笑みを浮かべた、ように感じた──。
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