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四十八話
しおりを挟む尋の問い掛けに、片付けをしていた芙蓉ははっとして、手に持っていた布切れをどさっと畳に落としてしまう。
そして慌てて尋に体ごと振り返り、口を開いた。
「──そうだっ、そうでした尋様……! 藤倉の当主が……!」
藤倉家。
数代前に、本家である籘原家から当主の弟だった男が本家を出て新しく作った分家だ。
籘原の当主の弟は婿入りして嫁の性を名乗った。
元々その弟は籘原本家のやり方に疑問を持っていて。何かある度に藤倉の当主が籘原にやって来て口を出す、と言う事が続いていた。
そして今回、尋が嫁取りをするつもりは無いと言っていた筈なのに緋色と言う嫁を連れ帰った。
その事に不服を申し立てて来たのだが──。
「藤倉の当主がどうした? またここに怒鳴り込んで来たのか?」
勘弁してくれよ、と言うような尋の態度に、だが芙蓉はふるふると首を横に振って言葉を返す。
「違います、藤倉の当主が姿を消しました。会議にも出席せず、召喚状を送っても音沙汰がありません」
「……当主が? 何かあったのか……?」
「それで……元籘院が藤倉の家に遣いを出したのですが……数日経っても遣いが戻って来ないのです」
「……藤倉に人は送り続けているのか?」
「はい。その後も二回程。ですが──」
「それも戻って来ない、と言う訳か」
尋の言葉に、芙蓉は弱々しく「はい」と呟き申し訳なさそうな表情を浮かべる。
芙蓉のその様子を見ただけで、芙蓉が元籘院から何を言われたのかを察した尋は額を手のひらで覆い、大きく溜息を吐き出した。
「──それで、見て来い、とでも言われたのか?」
「はい。籘原家当主として調査を、と……」
「くそっあの爺共……!」
夜間の妖の対処、それに伴う諸々の手続きや各種調整。それだけでも忙しいと言うのに藤倉家の調査にまで行けだと。と、尋が苛立ちを顕に舌打ちをする。
その話を二人から少しだけ離れた場所で聞いていた緋色は言いようの無い不安感を覚える。
(藤、倉……? それは確か……ここに初めてやって来た時に聞いた名前……分家……)
先日、朱音と話した時に朱音は分家の当主に見初められ、嫁入りのために帝都にやって来たと言っていた。
その分家の名は明かされなかったが、何故か胸騒ぎがして緋色は躊躇いがちに尋に話し掛けた。
「尋さま……。その藤倉家、と言う分家……」
「──何か知っているのか?」
家の事を話している最中、普段緋色は一切口を挟まない。
そんな緋色が声を掛けて来た事に、緋色は何か知っているのだろうかと尋は勢い良く緋色に振り返った。
「い、いえ……っ! 確証は無いのですがっ、先日朱音様が言っていたのです、とある分家の当主の方に見初められ、嫁入りするのだ、と……!」
「朱音──……。門真朱音か……! 藤倉と秘密裏に連絡を取り合っていたと言う報告がある……! 嫁入りすると言う分家は恐らく藤倉だろう……」
「──えっ!?」
尋から聞かされた言葉に、緋色は驚きに目を見開いた。
外の人間と連絡を取り合う事はかくりよの里では禁止されている筈だ。
必ず里長を通さねばならないし、個人間でのやり取りは厳禁。
それなのに何故、と緋色が考えていると座っていた尋と芙蓉が慌ただしく立ち上がった。
「これから藤倉の屋敷に向かおう。……緋色も来てくれるか?」
「も、勿論です!」
朱音が関わっているのであれば。
もし、危険な状況に陥っているのであれば。
手助けくらいは出来るかもしれない。
(朱音様は、私の身を心配して、くれたのだもの……)
先日の朱音の言葉を、自分の身を心配してくれたのだと信じて疑わない緋色は、尋と芙蓉に合わせて慌てて立ち上がった。
◇
当日、夕刻。
藤倉の屋敷は帝都の中心部から外れた場所にある。
籘原の邸と大分距離が離れており、準備を行い、籘原の邸を出た時には大分時間が経ってしまってからだった。
籘原の邸とは違い、藤倉の屋敷は深い森のような場所の中にひっそりと佇んでおり、遠目からは森の木々が視界を阻み、屋敷を確認する事は出来ない。
門前に到着した緋色と尋、そして芙蓉や菖蒲は周囲を確認する。
「門に誰も人が居ないのはおかしいな……」
「普段は、人が居られるのですか?」
周囲を見渡した尋が呟き、門に手をかける。
そしてぐっ、と力を入れると門は左右に開いた。
「ああ。一応分家筋の本家だ……。妖の侵入を阻害するためにも門には結界が張られている筈なのに、その痕跡すら無い……。そして人も居ない……」
尋が開いた門の隙間から、芙蓉と菖蒲がするりと潜り込み駆けて行く。
あっという間に視界から消えてしまった二人に、緋色は心配そうに眉を下げた。
「……夕方だと言うのに薄暗い。それに静か過ぎるな……人の気配がここからでは感じられない。緋色、手を」
「え、あっ、はい……」
差し出された尋の手に、緋色はそっと自分の手を重ねる。
途端、ぎゅ、と力強く尋から手を握り返されて、尋に手を引かれながら緋色は門をくぐった。
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