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三十九話
しおりを挟む汚い、と言う言葉を聞き緋色はぽかんとしてしまう。
緋色から距離を取るようにじゃり、と小石を踏み鳴らし後退る尋は自分の顔を片手で隠してもう一方の手を緋色に手のひらを向けるようにして突き出している。
その様は正に「これ以上近付くな」と言っているようで。
けれど、と緋色は尋をつぶさに観察する。
確かに髪の毛は少し乱れ、疲れ果てているような様子ではあるが尋が汚いから、と口にしていたような汚れは見当たらない。
「え……? えっと、尋さまは汚れておりませんが……」
「違う……、そうじゃなくて……だな。あぁ、いや……これ以上近付かないでいてくれたら別に良い……。その、こんな時間にどうした緋色?」
緋色の声に嫌悪や、先日の一件で尋を避けるような気まずい感情が乗っていない事に安堵した尋はちろり、と自分の手の指の隙間から緋色を見やる。
困ったように眉をへの字に下げ、気遣うような視線を向ける緋色の姿を目にした尋は一先ず緋色があの日のように逃げ出す気配が無い事に安心したのだが。
だが、安心したのも束の間。
「──緋色! そんな薄着で……っ」
「え、あ……急いでいて忘れておりました」
冬の朝で、空気が冷え気温も低いと言うのに緋色の薄着に尋はぎょっと目を見開く。
だが、悲鳴を上げるような尋の言葉に緋色はあっけらかんとしていて。
ちっとも寒さを感じていなさそうな様子に焦りを感じる。
「風邪を引いたら大変だろう!? 取り敢えず中に入るぞ!」
「──あっ」
このまま外で話していては緋色が風邪を引く、と判断した尋は自分が身綺麗でない事などすっかり忘れ、大股で緋色に近付きしっかり緋色の手を握る。
そして呆気に取られている緋色の腕を引き、早足で屋内に戻った。
緋色の部屋に向かう為に廊下を進んでいた尋だったが、手を握られ黙って着いてくる緋色をちらりと横目で振り向き、緋色からは見えないようにしつつ項垂れる。
(汚いのに……つい緋色の体調を心配するあまり手を握ってしまった……。緋色に臭いとか、汚い、とか思われていないだろうか……)
(尋さま、普段と変わらない態度だわ……良かった……。いつもみたいに、優しい……)
尋は緋色に衛生的に汚い、と思われていなくて安心し、緋色は尋の態度が変わらぬ事に安心する。
まだ使用人の動く気配が少ない廊下を尋は緋色の手を引いて足早に部屋に向かう。
(緋色の部屋に着いて……緋色を温まらせたら……聞かれるだろうな、籘原の家の事を……)
尋は手を引き廊下を歩きながら自分の前髪をくしゃり、と握り締める。
このまま有耶無耶にして緋色を誤魔化して過ごして行くのは無理だ。
(余計な事を……っ、あの朱音とか言う女……っ)
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、尋はここには居ない朱音に怒りを抱く。
緋色に籘原の「二人の妻」の事を聞かれた後。一体誰が緋色にそんな事を話したのか、と尋は調べた。
自分の使役する妖怪や、芙蓉菖蒲。尋が持てうる限りの力を使い、その人物を調べあげた。
(そうしたら……なんて事は無い……。あの日、緋色が体調を崩した日、かくりよの里のあの女、朱音とか言う女と、里長に会っていた……っ)
尋は自分の使役する妖怪の中に百々目鬼と言うものがいる。
その百々目鬼は人の姿に化け、昼間は帝都で働き、夜は尋の仕事の手伝いをしている。
そしてその百々目鬼は帝都で働いているため、その日緋色を見ていたのだ。
自分を使役している人間の妻である緋色の顔を知っていて、菖蒲が緋色から離れた事から緋色の近くに自分の「目」を飛ばしていた。
緋色の身に何か危険が近付けば助けよう、と菖蒲の代わりにひっそり見張りをしていたらしい。
だが、百々目鬼も仕事をしているため緋色を見張り続けるのは難しい。
何かあれば自分に知らせが来るようにしていて、何も起きず緋色に接触した者が離れ、そして菖蒲が戻ってきた。それで百々目鬼はもう大丈夫だろう、と目を離れさせてしまった。
その事を知った尋は百々目鬼の目から記憶した映像を確認し、緋色に接触したのがあの二人だと言う事を知り唇の動きから緋色に対して何を話したのかをある程度察した。
(そして……あの日、緋色が外に出て行った日……あの女と会っていた……っ)
恐らく籘原の家の事で緋色を夜中に呼び出し、緋色に話をしたのだろう。
(だが、解せん……。あの女は一体誰から籘原の事を聞いた──……? これは籘原本家や、本当に近しい分家しか知らない筈……)
そこまで考えた尋ははっとする。
数代前に本家から出た男が居る、と言う事を思い出した。
(藤倉か──!)
尋が一つの答えに至った時、緋色の部屋に辿り着いた。
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