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三十話
しおりを挟む朱音から手紙を貰って、約束の二日後までの時間。緋色はどうやって過ごしたかうろ覚えだ。
普段通りに起きて、ご飯を食べて、霊力の訓練をして──。そうやって過ごしてはいる筈なのだがどこか緋色の様子が普段と違う事に尋や菖蒲が気付かない筈が無くて。
何度か緋色と話をする機会を、と緋色に話し掛けたが緋色は心ここに在らずといった様子で。
緋色に接触した人物が原因だ、と尋は菖蒲や芙蓉を使い、その人物を調べる事に注力した。
そして、当日の夜──。
夕食を終えた緋色は自室に戻り、朱音の呼び出しに応じるため、じっと静かに過ごしていた。
今日は朝から尋も、菖蒲も芙蓉も一日外に出ているらしく、朝食の時には既に皆の姿は無かった。
(──尋さまに、連れて来て貰ってから尋さまも菖蒲さんも、芙蓉さんも居ない一日は初めてだわ……)
違和感を感じた緋色だが、そんな日もあるのだろうと納得させる。
(それに……今日は、今日だけは皆が居なくて良かった……。夜中に部屋を抜け出したら直ぐに知られてしまいそうだったから……)
二人は妖怪だからだろうか。菖蒲も、芙蓉も気配に敏感だ。
変な行動を起こしたら直ぐに菖蒲や芙蓉に知られてしまいそうで。
(でも、尋さまも気配にとても敏感な気がする、けど……)
緋色がこの邸にやって来た当初。
広い邸の中で迷子になってしまった事は数え切れない程。
緋色が邸で迷子になる度に、尋が迎えに来てくれていたのだ。
(尋さまは、強大な霊力をお持ちだと聞いたわ……。霊力で、気配も探れるのかしら……)
夜が更けて来て、足元が深々と冷え込んで来るのが分かる。
緋色は約束の時間まであと二時間程である事を壁に掛かっている時計で確認し、掛け布を足元にかけた。
しん、と静まり返った室内では時計の音だけが耳に届き、緋色は何だか急に寂しさを感じてしまった。
(あと、二時間……。朱音様は一体何を知っているの……?)
緋色は抱えた膝に自分の顔を埋めた。
◇◆◇
「朱音。行くのか?」
「はい、里長。あの様子では、必ず名無しはこちらの呼び出しに応じますもの」
「……そうか。藤倉の息子はどうした?」
出かける支度をしていた朱音の下に里長がやって来て、声をかけた。
鼻歌混じりに上機嫌で出掛ける支度をしていた朱音は嬉しそうに言葉を返し、次に里長が口にした「藤倉」の名に眉を顰めた。
「──あの男、大した力がございませんでしたわ。口先ばかり達者で、尋様程の力も何もありませんでした」
「そうかそうか……。やはり本家の霊力には敵わんか……」
「ええ。所詮分家ですから……」
朱音は里長に振り向き、にっこりと笑顔を浮かべて答える。
「──ふん。籘原があんな家だと知っておれば、我が里に足を踏み入れる事を断ったと言うのにな……」
「ええ。私もそう思いますわ。いくら力が強かろうと、悍ましい一族です」
「うむ。だが、この秘密を帝都中に知られればあの家もただではすまん。脅す良い材料が手に入ったものだな」
里長はにたり、と嫌な笑みを浮かべて自分の顎を撫でている。
その様子を流し見ながら、朱音は緋色をどう絶望させてやろうか、とほくそ笑んだ。
*********
本日23:30にもう一話更新予定です
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