【完結】龍神の生贄

高瀬船

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二十二話

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 突然破裂した玉に、緋色は為す術なくその破片を自分の体で受け止めてしまう。

 驚きで声も出せず、咄嗟に目を瞑った緋色の耳に尋を始めとする皆の慌てたような声が室内に響く。

「──緋色……! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です……申し訳ございません、籘原様っ玉を……」
「そんな物はどうでも良い……! 顔を見せてみろ……!」

 焦りに満ちた尋の言葉に、緋色はそろそろと閉じていた瞼を上げる。
 すると、思っていたよりも近くに尋の顔があって、緋色はあまりの近さに咄嗟に後ろに仰け反った。

「目は!? 見えているか、痛みなどは無いか!?」
「は、はい、大丈夫です……!」

 尋の問い掛けに間髪入れずに緋色が答えるが、それでも不安が拭えないのだろう。
 尋は自分の手を緋色の目の前に持ち上げ、二本の指を立てた。

「これは? 何本に見える?」
「に、二本です」
「じゃあ、これは?」
「四本、です」
「──良かった、視力は大丈夫そうだな……。だが、破片が本当に目に入っていないか、あああと緋色の髪の毛にも破片が降り注いでいるな。菖蒲! 緋色を風呂に連れて行ってくれ!」

 尋は緋色の髪の毛をぱたぱたと軽く払い、次いで肩や背中を払ってくれる。

 籘原家の大切な道具を壊してしまった、と言うのに尋は緋色に対して怒りなど一切抱かず、逆に緋色の身の心配をしてくれている。
 てっきり酷く怒られるか、もっと慎重に扱え、と注意をされると思っていた緋色は呆気にとられてしまう。

 尋と同じく、部屋に居た鷲宮や菖蒲、芙蓉も尋と同じように心配してくれていて。

「緋色様、申し訳ございませんでした。私の失態でございます」
「──えっ、鷲宮さんが頭を下げる事では……! 大切な道具を壊してしまったのは私です!」

 胸に手を当て、深々と頭を下げる鷲宮に緋色は慌てて鷲宮に駆け寄ろうとしたが、背後から尋に肩を掴まれて止められてしまう。

「鷲宮……。緋色に怪我が無くて良かったが……。壊れぬよう改良を始めろ……」
「かしこまりました。直ぐに対応致します」

 じろり、と尋が鷲宮を睨み、鷲宮が謝罪するその光景が申し訳なくて。
 緋色が尋に鷲宮の事を怒らないで欲しい、と声を掛けようとした所で先に菖蒲に声を掛けられてしまった。

「緋色様。さあ、お手を。湯殿に行って、破片を流してしまいましょう」
「──えっ、でも、この場の片付けとかは……っ」
「緋色様が気にする事ではございませんわ。さあさあ、行きましょう……!」

 緋色の背中に手を当て、ずいずいと押す菖蒲の力に逆らえず、緋色はあたふたしたまま何度も振り返りながら部屋を後にした。

 尋は出ていく緋色に軽く手を上げて見送った後にくるり、と鷲宮に振り返った。



「……簡単に破壊されるような物か?」

 低く、どこか緊張したような尋の声音に鷲宮は口を引き結び、首を左右に振る。
 そして二人は足元に視線を落とす。
 足元には丸い球体だった玉が粉々になり、ばらばらと落ちている。

「尋様、よろしいでしょうか?」
「芙蓉か。どうした?」

 部屋の、邪魔にならないような場所に避けて室内の様子を見ていた芙蓉が声を掛けてくる。
 離れた場所に居た芙蓉から、何か見えたのだろうかと思い尋は芙蓉に顔を向けて言葉を返した。

 芙蓉は壁際から尋達の下に歩いて近付きながら、緋色が破裂させてしまった玉の残骸に視線を落としている。

「……芙蓉?」

 近付いて来る芙蓉の顔色の悪さに尋が眉を顰め、名を呼ぶと芙蓉が顔を上げた。

「──緋色様が、玉を握った瞬間……霊力がはっきりと見えました……」
「目視で確認出来たか?」
「はい。ですが、あれは……」

 狼狽えたように瞳を揺らして言葉を漏らす芙蓉に、尋は「はっきり言え」と言葉を返す。
 ぴしゃり、と尋に低い声で厳しく告げられた芙蓉はぶるぶると震える自分の腕をもう一方の腕で庇いながら震える唇で言葉を紡いだ。

「後から、後から……膨大な霊力が膨れ上がっているようでした……。恐れ多くも、尋様よりも膨大で……まるで、霊力が緋色様を護るように緋色様のお体を覆って……」
「……俺よりも霊力は豊富だと言う事は感じていたが……それ程までか……」
「滅されてしまうかと、恐怖を抱く程でした……」
「菖蒲は……? 隣に居た菖蒲は気付いていなかったのか?」
「菖蒲は、霊力を視る事が苦手、ですから……ここまで詳細には把握していないと思います……」

 怯えるように震えながら言葉を紡ぐ芙蓉に、尋は「そこまでか」と背中に嫌な汗をかく。

 緋色の霊力が、後から後から膨れ上がってそして緋色を護るように緋色の身体自身を覆っていた、と言う。
 それならば、まだ霊力の底は見えていないと言う事だろう。

「──そもそも、玉が破裂する程の霊力だ……」
「ええ……こんな事は初めてです」

 砕け散った玉の破片を片していた鷲宮が未だに信じられない物を見たと言うように顔色を白くしながら呟く。

「……俺ですら、玉に亀裂を入れられるかどうかだぞ……」
「あのお姿でしたら破裂するのでは……」
「消耗が激しい。現実的ではないだろう……」

 尋と芙蓉、そして鷲宮は緋色が先程出ていった部屋の扉を見つめて誰ともなしに息を吐き出した。


「……とんでもなく強い力を持った妻を連れて来たようだな……」
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