【完結】龍神の生贄

高瀬船

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十二話

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「──はい、出来た!」
「あっ、ありがとうございます、菖蒲さん……っ!」

 楽しそうに弾む声で菖蒲が言い、手当した緋色の足を優しくぽん、と叩く。
 緋色は出会って時間も経っていないのに、こんなに良くしてくれる尋や菖蒲、芙蓉に改めて頭を下げた。

「ふ、籘原様……っ! 本当に今日はありがとうございました。助けて頂いただけでも有難い事なのにっ、こうして手当までして頂いて……っどうお礼をさせて頂ければ……っ」
「いや、いい。あんな状態で歩かせる方が人としてどうなんだ……さっさと治して良くなってくれれば良いさ」

 優しく微笑んだ尋に、緋色はじんわりと胸の内が暖かくなる。

(本当に……久しぶりに人として接してもらえた……この気持ちがあれば、これからも里で頑張っていける)

 もう、尋達とは二度と会う事は無いだろう。
 本当はもう少し尋や菖蒲、芙蓉と話をしていたいと考えてしまった緋色だが、もうそろそろ里の人達が動き出す時間だ。
 今の内に邸を出て、自分の家に戻らないといけない。

 緋色は眉を下げて一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべたが、直ぐに尋達に向き直り口を開いた。

「お助け頂き、本当にありがとうございました……! この御恩は忘れません!」
「──いや、何を別れの挨拶のようなものを……」
「え、?」

 「何を言っているんだ?」とばかりの尋の言葉と、様子に今度は緋色が首を傾げる。
 首を傾げる緋色に視線を向けた尋は、どかりと床に腰を下ろして頬杖をついた。

「手当が終わったのなら、これから緋色には聞きたい事が多々ある。朝食も用意するから一緒に食べて行け」
「──っ、そんな事は出来ません……! 私は今すぐ家に帰らなければ……っ」

 突然何を、と言うように途端に緋色の顔色が悪くなる。

 どうしてこうまでして頑なにこの場を離れようとするのか──。
 まるで、自分がこの場に居てはいけないような、そんな怯え方だ。

「大分日も登って来ている。今から戻れば、緋色の姿が里の人間に見られる可能性が高いが、いいのか……?」
「──っそれ、は……っ」
「そもそも、何故緋色はそんなにも里の人間に自分の姿を見られる事を恐れている? 何故、里の人間に名前を呼ばれる所を見られるのはいけないんだ?」

 尋から矢継ぎ早に問われ、緋色は答えあぐねる。
 緋色が戸惑い、怯んでいる内に尋は緋色の腕を掴み眉を寄せた。

「そもそも、かくりよの里は貧しい里では無いだろう? それなのに何故緋色の腕はこんなに細い? 里の人間は誰も飢えてなどいない」
「……っは、離して下さい……っ」
「まだある。緋色が土砂崩れで落下した、と言っていたあの場所……。あの場所からなぜ門真朱音の霊力を感知出来たのか……。緋色、隠し事は全て話せ」

 朱音の霊力──。
 霊力が残っていた、と言う事まで尋は分かってしまうのか、と緋色は絶句する。
 だが、尋の力が強いのは少し考えれば分かる事で。
 里の結界の外にいる妖怪でも魔物でも無い妖魔を、部下の芙蓉と二人だけで倒してしまえる程の力を持つ人間だ。
 妖魔の力は妖怪や魔物とは桁外れだ、と緋色は祖母から教えられていた。
 だから、万が一結界の外に出てしまい、妖魔に襲われてしまったら命は無い、と言われていたのだ。
 それなのに、尋は芙蓉と二人だけで妖魔を倒していた。

(だからこそ……力の強い方だからこそ、朱音様が自ら案内されていたのかしら……)

 それならば、いくら誤魔化そうとしてももう無理だろう。
 朱音の霊力が保管庫の場所に残っていた理由は分からないが、緋色が分からない事は省いて尋に説明するしかない。
 里の中で、唯一霊力を持たない存在である事を告げたら、どんな態度を取られてしまうだろうか。
 今まで優しくしてくれていた尋や菖蒲、芙蓉も霊力が無い自分を蔑んだ瞳で見るだろうか、と恐怖しながら緋色は少しづつ、時折言葉に詰まりながらそれでも尋に問われた内容に答えていった──。




「……なるほど、な」

 緋色の説明を聞き終えた尋は、ぽつりと一言だけ零す。
 何かを考え込むようにして自分の顎に手を当て、黙っている。

「も、申し訳ございません……助けて頂いたのに騙すような真似をしてしまい……」

 尋からすれば、里の人間が危険に晒されていたから助けたと言うのに、実際助けた人間は里から「名無し」と呼ばれ、里の一員として認められていない物だったのだ。
 怒るのも無理は無い──。
 緋色はぎゅっ、と自分の着物を握り締めるようにして俯いたが、それまで黙っていた尋はぽつりと言葉を零した。

「──霊力が無いから、名無し……? おかしいだろう……」
「……え、?」

 緋色の疑問の声が聞こえたのだろう。
 尋は真っ直ぐ緋色と視線を合わせ、そして次に芙蓉と菖蒲を指差した。

「緋色には、人型を解除して本来の姿に戻った芙蓉と菖蒲の姿を認識出来ただろう?」
「え、ええ? はい……」

 突然何を言うのだろうか、と不思議に思いながらも緋色は頷く。
 本来の姿、と言うのは白蛇になった芙蓉と紫蛇になった菖蒲の事だろう。

「それに……あの山で、河原で妖魔に襲われたな。緋色には妖魔の姿も見えていた」
「は、はい……黒い靄でしたので、はっきりと見えていた、と言うには少し違うかもしれませんが……」
「──そうだ。緋色には。霊力が無い人間は、妖怪の姿も、魔物の姿も……ましてや隠匿に秀でた妖魔の姿を認知する事は出来ないんだよ。それなのに、緋色にはしっかりと姿が見えている」
「──っ」
「霊力が全く無い、なんて事は無い。緋色には霊力があるんだ」

 力強い声音で尋がそう緋色に言葉を紡ぎ、緋色は呆然としてしまって尋に言葉を返す事が出来なかった。
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