【完結】龍神の生贄

高瀬船

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八話

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 狼を刺激しないよう、緋色が硬直してからどれくらい時間が経ったか。
 時間にして物の数分であるかもしれないし、数十分経っているかもしれない。
 その間中、緋色はぴしりと硬直していたがぴゅうっ、と吹いた冷たい風についつい肩を竦めてしまった。

 すると、緋色が僅かに身動ぎした事を察したのだろうか。
 白い狼はぴくり、と片目を開けて金色の瞳を緋色に向ける。
 緋色が緊張して狼と目を合わせたままでいると、狼はおもむろにのそり、と体を起こして緋色にぐりぐりと頭を擦り付けて来た。

「──えっ、えぇ!? ……わっ、暖かいっ!」

 まるでじゃれつくように頭を擦り付けて来る狼についつい緋色が手を伸ばし、狼の体に触れると毛皮が厚いからだろうか。
 ふかふかとした毛皮は手触りが良く、そして狼の体温が高いのかじわり、と暖かい。
 緋色は先程まで感じていた恐怖心が一気に無くなると、膝に乗っている兎を潰してしまわないよう気を付けながら狼の上半身に抱き着いた。

 ふわふわの毛皮に緋色の小さな体はまるで埋もれてしまうようで。
 けれど確かな温もりと、狼から聞こえて来る規則的な心臓の鼓動を聞いていると、緋色はいつの間にか微睡み、そして眠ってしまった──。





 こつ、こつ、と何かが緋色の頭を小突いているような、そんな優しい刺激を受けて緋色は心地良い微睡みからハッと目を覚ました。

「──っ!」

 ガバリ、と起き上がった緋色は自分を起こすように行動していた正体を見て、ついつい表情を緩めてしまう。

「……あなたが起こしてくれたの?」

 白い狼が自分の鼻先で、緋色の頭を優しく突いていたようで。
 まるで緋色の言葉を理解しているかのように狼は返事をするかのように小さく吠えた。

「あ、明るくなり始めてる……」

 空が白んできた事を確認して、緋色が呟くと、それまで緋色に寄り添っていた狼と、膝の上にいた兎が緋色の傍を離れる。
 まるで寒い夜中の間、緋色に暖を取らせるためだけにやって来たかのような狼と兎に緋色は振り返り、笑顔でお礼を告げた。

「ありがとう。あなた達のお陰で凍えてしまう事が無かったわ」

 緋色の言葉を聞いて、暫く狼と兎はじっと顔を見詰めた後、くるりと方向を変えて何処かに走り去って行ってしまった。

「──不思議……。明るくなるまで一緒に居てくれたみたい……」

 未だに狼と兎の温もりが残っているように思えて、緋色は心持ち体が軽くなったように感じながら周囲に気を付けて保管庫を目指す事にした。




 道無き道を歩きながら緋色は昨夜朱音が言っていた言葉を考える。

「……朱音様のお友達が来られるかも、と言っていたけれど……結局いらっしゃらなかったのかしら……? それとも、私が寝てしまっている間に保管庫に……?」

 そうするとすれ違ってしまった事になる。

「それだけならまだしも……朱音様に頼まれた神招舞に使う道具が保管庫にあったのを見たのであれば……朱音様の頼み事を遂行出来なかった、と里の皆に知られてしまう……」

 そうなってしまえば、また色々と言われてしまう。
 けれど、緋色が道具を持って来ない事を疑問に思い、朱音が友人を寄越しただろう。
 やはり、緋色が朱音の依頼一つまともに遂行出来なかった、と知られてしまう事は避けられないだろう。

 緋色はずん、と沈む気持ちを何とか奮い立たせながら道を歩く。

 方向的には合っている筈だから、そろそろ保管庫の姿を確認出来る筈だ──、と緋色が周辺を注視していると。

「──あっ! ……えっ、嘘、でしょう……?」

 保管庫の屋根が下から見えた、と喜んだのも束の間。
 保管庫があった少しだけ開けていた場所は、昨夜の土砂崩れにより無惨にも崩れ落ちてしまっており、土砂崩れに運悪く保管庫も巻き込まれてしまったのだろう。
 保管庫の建物は、右側半分だけを残して倒壊しており、倒壊した壁や、中に入っていた諸々は土砂と一緒に下に落ちてしまったらしい。

「あ……どうしよう……」

 緋色は真っ青になって小さく震える。
 保管庫は、里で使用している物だ。すなわち、里の皆が利用している場所。
 その保管庫を、自然災害とは言え、自分がやって来たせいで壊してしまい、保管庫の中身も失ってしまったと里の者達が知れば。

 緋色はどうしよう、どうしようと涙目になりながら周辺を見回す。
 何か、保管庫の中身を回収出来ないだろうか、と周囲を見ていると。

 緋色の居る場所から下った所に、細い渓流があるのを見付けた。
 そして、水の中にきらり、と何か光る物があるのを見付けて緋色は目を輝かせた──。

 迷い無く進む緋色の進む先──目指す渓流は、かくりよの里の結界の外、だ。
 その事を知らない緋色は結界の外に出てしまった。





◇◆◇

 時は緋色が土砂崩れに合ってしまったその瞬間まで遡る。

 かくりよの里で、緋色に「お願い」をした朱音は宴会で籘原の隣で酒を注いでいた。
 その時──。

 ──リンッ

「──……っ!」
「……、? どうした……?」
「な、なんでもございませんわ。籘原様……。少しだけ席を外します……」

 朱音は隣に居る籘原に申し訳なさそうに声を掛けると、そそくさとその場を後にする。

 部屋を出て、廊下を歩く朱音は自分の口端が吊り上がり、表情が歪んで行く事を止められない。

「……術が、発動した……っ! あの無能な名無しがっ、!」

 朱音は醜く歪んで行く自分の顔を抑える事が出来ず、踊り出してしまいそうな程高揚する気持ちを抑えきれず笑い声が漏れてしまう。
 くすくすと下卑た笑い声を漏らしながら、朱音は気持ちを落ち着かせる為に近場の部屋に入った。




 朱音が出て行った部屋の襖を籘原は険しい表情で見詰め続ける──。

「……何か、術を使ったか……?」

 朱音の僅かな霊力の揺れを感じたが、それも一瞬で。
 籘原は気の所為だろうか、と気を取り直して話し掛けてくる里長に返事を返した。
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