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四話
しおりを挟む里祭りのために普段は里以外の人間は原則立ち入り禁止のかくりよの里は、この期間だけ里以外の人間も多く訪れる。
昔からかくりよの里、と言う外界と交流を断ち強い霊力を宿す人間達だけの里があると言う事は籘原達のような人間の間ではとても有名で。
強大な霊力を持つ者ばかりの里だ、と言い伝えられていたため、五年振りに里祭りが行われる今年、籘原はどこか期待していたのだ。
自分の身に流れる「血」に耐えうる人間がいるかもしれない、と期待していたのに先程里一番の霊力を持つ、と紹介された朱音を見て籘原は失望した。
(──里一番の霊力を持つ、と言いつつそれ以上の霊力をあの方向から感じる、と言う事は一体どう言う事だ……? 人、なのかそれとも物なのか)
籘原と、里長、そして朱音は三人で里の内部を回る。
里祭り、と言う名の通り周囲からは祭囃子の音が聞こえ人の往来も多い。
里の人間は里長と朱音が直接案内をしている籘原に注目し、そこかしこから「あれが噂の……」や「籘原の当主か」など噂話をしているのが聞こえて来る。
籘原の隣を歩く朱音はどこか自慢気に笑みを浮かべ、主に里の女性達から羨望の眼差しを注がれている。
「籘原様。本日はこちらにお泊まり下さい。夜には宴会もございます……。帝都でのご活躍などお聞かせ下さい」
「……それまでの時間は自由に里を歩いても良いか?」
「ご自由にお過ごし下さい。案内には朱音を付けましょう」
里長の言葉に朱音が美しい笑みを浮かべたまま籘原の前で胸元に手を当て、軽く腰を折るが籘原はその申し出を断った。
「──いや、案内は結構だ。家から連れて来た者達と共に里を回る」
すげ無く申し出を断られ、朱音は一瞬だけむっとした感情を浮かべるがすぐにそれを隠し、再び美しい笑顔を浮かべて籘原に向き直る。
あまりしつこく言い縋ってしまえば悪感情を抱かれる、と警戒しているのだろう。
里長は感情の読めない瞳で籘原を見詰めた後、こくりと頷いた。
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
「ああ。案内、感謝する」
里長と朱音が頭を下げ、引き返して行くのを見届けて籘原は案内された邸に振り返った。
軽く溜息を吐き出し、取り敢えず里祭りまでの時間、里をぶらりと見て回るかと考えた籘原は軽装に着替えるために一度邸に向かった。
◇◆◇
里祭りの当日、夕方。
緋色は朝から家の中で過ごし、食事も終えて片付けも済ませてしまったため、室内で出来る自分の着物のほつれを直していた。
「──普段は、この時間は山に入っている時間だけど……」
外に出る事を禁じられてしまっているため、山に入る事も出来ず緋色はほつれてしまっている自分の着物を縫う手を止めて窓の外を見やる。
冬がもうすぐやって来るため、日が沈むのも早い。
薄らと暗くなり始めた外の景色を窓の隙間から見て、緋色はふ、と違和感を覚えて目を止めた。
「──え、人……?」
見間違いだろうか。
里の人間であれば緋色の住む家の近くには近寄らない。
けれど、今は里祭りの期間だ。
緋色の事を知らない祭りに参加している人達は足を伸ばして里の外れまでやって来てしまう事もあるのかもしれない。
人が来てしまっても、傍目から見れば人が住んでいるとは思われないだろう。
緋色は少しだけ不安を感じながら息を殺すようにして窓の隙間から外を窺い見る。
家の中が見えてしまわないよう、窓には目張りがしてあるため、外にいる人間からは緋色の姿や、ましてこの家に人が居るなんて思わないだろう。
不安は残るけれど、もしかくりよの里以外からやって来た人間であればどうしようか、とはらはらしながら緋色がそちらの方向を凝視していると、その人影は少しづつ近付いて来ているように見えて。
「──やっぱり見間違いじゃない……っ」
誰かがやって来てしまった、と緋色が顔色を悪くさせどうしようか、と慌てているとまだ大分距離があると言うのに、その人影の人物とぱちり、と目が合ってしまったような感覚に陥る。
──目が合うなんて無い筈なのに……っ
近付いて来ていた人物も、驚き身動ぎしたように見える。
緋色が「えっ」と小さく声も漏らし、唖然としているとその人物の顔がはっきりと見える程、その人物が家に近付いて来た。
その足取りは真っ直ぐ家に向かって来ているようで、迷いが無い。
「──……っ」
──なんて綺麗な人なのだろう。
薄暗い中でもはっきりと分かる程、その人物の瞳はまるで空のように青く輝いており、夜明け前の空の色のような濃紺の髪の毛が歩く度にさらりと揺れている。
どこか、畏敬の念にも似た感情が込み上げて来て、緋色は握っていた着物をぼとり、と床に落としてしまった。
その瞬間──。
「──籘原様っ! お待ち下さい、籘原様! そちらには何もございませんわ……! 皆がお待ちですので、お迎えに上がりました……!」
人影の奥から慌ててその人物に走り寄る姿が見えて、緋色は小さく「あ」と声を漏らす。
人影は籘原、と言う人物らしく。
呼びに来たのは朱音だ。
「──朱音様、が呼びに来られるって事は……とても偉い方なのかしら……」
やはり、里の人間では無い人が迷い込んで来てしまったのだろう。
緋色がそう考えていると、籘原を呼び戻しにやって来た朱音が一瞬だけ視線を緋色の家に向けた。
まるで緋色が窓の隙間から見ている事が分かっているかのように、強く鋭い視線を向けて睨み付けた後、ぷいっと顔を背けて籘原の背を押し、里の中心部に戻るよう促した。
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