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三話
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里祭り当日。
里祭りの日まで、緋色は家に籠っていられるように長期保存が出来る食べ物を用意し、外に出なければならない用事を全て済ませた。
今回は両親から特に何も声は掛けられなかった。
(──もう、名無しの私の事なんて忘れてしまっているかもしれないわね)
自嘲混じりに乾いた笑いを零して緋色はすん、と鼻を鳴らす。
里祭りが行われる季節は秋から冬に移り変わる時期。
祭りの開催期間は七日間。
その間、一歩も外には出ないようにしなければならない。
里の外れにある緋色の家は周囲に他の家屋も無く、店も無いため里の人間以外はそうそう来ないだろう。
今日は朝から里が騒がしく、何処か浮き足立っている。
「……そっか……、もう人がやって来ているのね」
引き戸を薄く開けて外を見る。
緋色の家からは祭りの様子などは見る事が出来ないが、里祭りのために里の者が至る所に祭り飾りをしているため緋色の家からもその飾りを見る事が出来る。
しゃん、しゃん、と楽器か……鈴か何かの音が一定間隔で聞こえて来て、緋色はぼうっとその音を聞きながらどこか夢心地のような感覚で外の景色を眺める。
自分には味わう事の出来ない、参加する事が出来ない現実が目の前にある。
手を伸ばせば掴めそうな位置にあるのに。
足を踏み出せば簡単にその世界に参加だって出来るのに。
だが、緋色の家の玄関には見えない境界線のような物があるようで。
この里の紛い物、里の一員でない名無しは来るな、と言っているようで。
「──……っ」
緋色はその音や、景色から目を背けるようにして薄く開けていた引き戸をぴっちりと閉めた。
◇◆◇
「──……?」
「籘原様? どうなさいました。そちらには何もございませんよ」
とある方向を見詰めたまま、足を止めた男にこの里の長である男は不思議そうに話し掛けた。
「籘原様、あちらは山の入口しかございません。さあ、こちらに。この里一番の霊力を持つ門真朱音が舞を披露致します」
里長に急かされ、籘原と呼ばれた男はじっと「何も無い」と言われた方向を見ていたが、名残惜しそうに視線を外して面倒そうにしながら里長の案内に着いていく。
里長の案内に従い少し進むと絢爛な舞台が現れ、その上には数人の女性が扇子で顔を隠して座していた。
男が舞台の前に移動した時。
──しゃん
と、澄んだ鈴の音が響き扇子で顔を隠していた女性達がゆっくりと舞台の上で舞い始める。
神楽舞、とは違う。
この里に遥か昔から伝わる舞の一つだろう。
「……確かに、霊力は中々なようだ……」
男は里長の隣でぽつりと呟く。
だが、里一番の霊力を持つと紹介した里長は「霊力は中々」と言う男の言葉に不愉快そうにぴくり、と片眉を上げる。
「──恥ずかしながら、籘原様に比べれば……籘原様に適う人間などおりますまい……」
(籘原家当主、とは言え若造が生意気な口を……)
里長は表面にはおくびにも出さず、心の中で悪態をつく。
里一番の霊力を持つ朱音を紹介したと言うのに、籘原と言う男は興味無さそうな表情を続けていて、ぴくりとも表情が動かない。
丁度その時、舞が終わり舞台に居た朱音を筆頭に顔を隠し続けていた扇子を外し、舞台から降りて来る。
「──籘原様。ようこそ我がかくりよの里へ。門真朱音と申します。……どうぞよしなに」
どこか含みのある朱音のその言葉に、籘原は不快そうに眉を寄せる。
だが、籘原のその態度を見ても里長と朱音は気にもとめずに話を続ける。
「朱音は強い霊力を宿しておりますので、籘原様のお仕事にも人一倍お役に立てましょう」
「おまかせ下さいませ」
「──まだ、里に着いたばかりだ。まだ何も決めていない」
「ふふ……っ、どうぞ心ゆくまでご確認下さい」
籘原の隣に立った朱音は腕に手を触れようとしたがその気配を察した籘原はするりと身を翻しその腕から逃れる。
くすくす、と後ろから聞こえる媚びた女の笑い声が嫌に耳に障る、と籘原は眉を顰めつつ先程から山の入口の方向にばかり視線を向けてしまう。
(……何も無い、なんて嘘だろう。ひしひしと膨大な霊力を感じる……)
籘原はどうやってこの里の者達を振り切り、そちらの方向へ向かおうか、と思考を巡らせたのだった。
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